ハワードは変わらなかった。変わらない日常が繰り返される。 「そういえば最近、花が落ちてるのよね」 「花が? 珍しいわね」 セシルの言葉にマーガレッタが首を傾げる。でもこんな場所じゃ花が枯れてしまうわ、と少し寂しそうに微笑んだ。 「そう、だから押し花にされてるのよ」 「あらあら。変わった人がいるものね」 マガレにも見せてあげたいけれど私じゃさわれないし、今度一緒に見に行こうよ。 セシルの提案に、マーガレッタはふわりと微笑み頷いた。 「ハワードは見た?」 「うーん、知らないな」 ハワードは首を傾げる。 「そうよね、男のケツばかり追っかけ回してるあんたが見てるわけないか」 「まあな!」 何故か自慢げに頷くハワードに、セシルは嫌そうな表情で呆れた視線を向けた。 「セイレンは?」 「いや」 「あら、セイレンも知らないか」 セイレンなら知ってると思ったのにと唇をとがらせ、カトリとエレメスは聞くまでもないしと続ける。 失礼なことを言われた気もしなくはないがその通りなので返事はしなかった。 カトリは食べられないものに興味がない。 「行ってくる」 誰も守ってないが一応見回りの当番も決めてあった。本日の担当はエレメスだ。 席を立つエレメスに、皆が声を掛け手を振る。 「はいはい、いってらっしゃーい」 「ケツは守れよ!」 ハワードは変わらない。よっぽどの馬鹿だ。 物思いに耽っていたせいか、足がいつのまにか見回りのコースを外れていたようだった。 時間も随分進んだようで、気に掛けたセイレンからのWISに大丈夫だと答えた。 ここらへんはあまり来たことがないなと周囲を見ながら帰り道へと足を向ける。 ふと感じた人の気配に足を止め、警戒した眼差しを送る。闇に紛れるように姿を消した。 それはオーラを纏うパラディンだった。 飛ぶ気配もなく一人でいるということはGXの使い手か。悪魔化したエレメスにはやっかいな相手である。 パラディンはこちらに気付いていない。エレメスは姿を消したまま慎重に距離を縮めていく。 愚かにもパラディンはペコペコをおりると、懐から何かを取り出した。 それは小さな花だった。無骨なてのひらに乗る花はより一層可憐さを際立たせていた。 愛おしそうに眺めてから、腰の位置ぐらいの高さで砕かれた壁の上にそっと置く。 先程セシルが言ってた花というのはこのことかと合点がいく。 しかし一体何故こんな酔狂なことをと疑問が脳裏をかすめた。 その目の前で、パラディンに近づき影を落とした者にエレメスは目を見開いた。 そこに現れたのはハワードだった。人間であるハワードにハイドを見破られず、エレメスには気付いていない。 「……おまえ、なんでこんなこと続けるんだよ」 パラディンはハワードに気が付くと、優しげな微笑みを浮かべた。何か唇が動いてるが、異形のものとなった私たちに言葉は届かない。 あまりにも嬉しそうに無邪気に笑う姿に、苦渋の表情をしていたハワードも小さな溜息をついて微笑みかえした。 「もう十分だよ。もうくんなって、……言ってもわからねーか」 パラディンは暢気に花を指さす。問いかけるような表情。 「12個だろ」 ハワードの指が数をあらわすと、パラディンはニッと笑った。 その指をそっと握り2本ひらけて14と示した。 「おかしーな、結構探したのにな」 悔しがるハワードの頭にパラディンはやわらかく手をおいた。そっと指で髪を梳く。 ハワードは首を竦ませ、くすぐったそうに目を細めた。 パラディンはハワードのために花を置きに来ているのか。 花は知らないと嘘を吐いたハワード。おまえはいくつ嘘を吐けば気が済むのかと苛立ちがつのる。 ハワードの指がパラディンの頬に走る傷口にふれた。飛んでる最中に擦ったのか、赤い線を残し出血は止まっている。 その手をパラディンは上から重ね、指を絡ませる。 「……無茶すんなよ」 ポツリと掠れる声は切なげで、そして愛おしそうに。 エレメスは爪が食い込むほどに手を握り込む。 怒りに冴えていく視界の先、パラディンの傍らでハワードはとても安らかな顔をしている。それは以前よく目にしていた表情だった。 こいつはよくこういう顔をして木陰で寝ていたなと思い出したが、今のエレメスにはどうでもいいことだった。 明らかに裏切りだった。ハワードは嘘を吐き仲間を騙して笑っている。 エレメスがハイドを解くと、瞬時にハワードが鋭い表情でふり向きそして目を見開いた。 パラディンを背に庇うようにその前に立つ。 目線をエレメスに向けたまま、背後に飛べと口早に鋭く呟いた。 声も言葉も届いていないはずなのにパラディンは頷くと、手を伸ばしハワードの肩にそっとふれて手を離した。 「…………エレメス」 残されたハワードにエレメスが足音一つ立てず静かに歩み寄る。 目をそらせないまま、ふるえる足が一歩下がった。 「どういうことだ、ハワード」 睫毛が触れあうほど間近からハワードの怯える赤い瞳を覗き込んだ。 ためらい口ごもる唇を軽く重ねる。何か言おうと顔を背け吐息が離れると、執拗にエレメスの唇が追いかけふさぐ。 もうこれ以上の嘘は聞きたくなかった。 「セイレンは知ってるのか」 観念してくちづけに応えながら、ハワードは小さくコクリと頷いた。 パラディンの存在は危険だった。 その存在は、ハワードを惑わせ、苦しませる。一刻も早く排除せねばならない。 セイレンが剣を向ける先に、血を流し膝をつくパラディン。 どうやらハエの羽を切らし蝶の羽も持っていないらしい。憐れな男に逃げ場はなかった。 白銀に輝く刃先を突きつけるセイレンの後ろに、エレメスが壁に背を預け冷ややかに状況を見つめている。 パラディンは静かに目を閉じた。命を奪うための刃が振り下ろされようとしていた。 しかしその刃先は透明の壁に阻まれ弾かれた。目を細めセイレンが視線をあげる。 パラディンが訝しげに目を開き振り返る先、そこに一人のハイプリーストが立っていた。 酷く驚いた表情でパラディンの唇が動き、その名を叫んだ。 ハイプリーストの乱入にエレメスも凭せ掛けていた身体をゆるりと離す。カタールが光った。 「やめろっ!」 戦闘能力を持たない献身パラディンと完全支援ハイプリースト。 冷酷に無慈悲に追い詰められていく冒険者たちを守り、攻撃を防いだのはハワードだった。 緋色の巨大な斧でセイレンの剣を受け止めながら、振り返り叫ぶ。 「行け!」 唖然とハワードを見ていたハイプリーストが我に返り、ワープポタールを開く。 ハワードを助けようと手を伸ばすパラディンを押し込んだ。 わずかに躊躇いハワードに頭を下げてから足を踏み入れたハイプリーストの姿も光の粒となって消えた。 「まだこりないようだな」 「…………ごめん」 エレメスとセイレンの二人の冷たい視線に耐えきれず俯き、ふるえる声で謝る。ハワードの手から斧が消えた。 セイレンは溜息を吐くと剣をくるりと回転させ、柄でハワードの鳩尾を強く打ち込んだ。 小さく呻きハワードは意識を手放した。 「……ハワード、泣いてる」 「ええ」 カトリがつらそうに眉を顰め呟いた。実際に声が聞こえるわけではない。 魔力の高い彼女は強い感情に引きずられ同調しやすい。 マーガレッタが近づき小さな肩に手を置いた。あたたかな温もりがカトリの心の内を満たしていく。 安らいだ表情で目を閉じる。力の抜けた小さな身体をそっとソファに横たえた。 「っ、どじっちゃった」 眠るカトリにそっと毛布をかけていたところに腕をおさえたセシルが入ってきた。 傷口を押さえる手の隙間から赤い血が伝い、指先からポトリと床に落ちる。 「あらあら、セシルが怪我するなんて珍しいわね」 「うーんそうなのよね、何か気を取られちゃって。自分でもよく分からないんだけれど」 セシルもハワードの哀しみに気付いたのだろう。マーガレッタは軽く目を伏せ傷口に唇をつけた。 「ちょ……マガレ!」 「うふふ、女の子に傷が残ちゃだめでしょ」 マーガレッタの唇がふれたところが熱い。性的な気持ちよさを感じセシルの身体が小さくふるえた。 ハワードが悲しがるわよと悪戯っぽく微笑むと、セシルの頬に朱が走る。 「な、なんで、そこでハワードが!」 「あらあら」 跡形もなく傷を癒やした唇がそのままなめらかな腕を伝って、首筋を甘く噛み軽く吸った。 細い指先が服の下に滑り込み、やわらかな乳房を包み込む。 「うふふ、かわいい胸ね」 「………」 「ハワードが揉んでくれないなら、私が揉んであげる」 「ってだからハワードが出てく……っ、あん……」 胸が小さいことを気にしているセシルが拗ねたように軽く睨む。 マーガレッタは微笑み返し、口づけを落とした。 セシルは強くて美しい。全て受け入れそれでも輝きを失わない目が常に前を見続ける。 だからあなたがハワードを守ってあげて、セシル。 私はセイレンが壊れないためなら何だってする。手段を選ばないわ。 例えハワードを犠牲にしてでも。 紅い瞳が情欲に濡れる。ハワードを見つめるセイレンのその眼差しはゾクリとするほど美しかった。 セイレンが腰を動かすたびに鎖に繋がれたハワードの手がふるえる。拘束された手首が擦れ、また新たな赤い筋が腕を伝った。 恐怖と苦痛と快楽に身悶えるハワードは、エレメスの胸元に顔を押しつける。 後ろからセイレンの欲を受け入れ、ハワードのものはエレメスの雄と一緒に握られきつく擦りあげられる。 正気を失った目から涙がこぼれ落ちる。エレメスは唇を寄せた。 嘘の混じらないハワードの涙は甘い。 啼いて全てをさらけ出して、このまま狂ってしまえばいい。 「花盗人」 2009.02.19 |