このまま牙を抜かれ飼い殺されるのだろうか。


アサシンクロスは目の前で絡み合う足を見ていた。
細い腰を掴むハイプリーストは着衣を乱すことのないまま、己の欲を少年の奥へ奥へと突き立てる。受け入れるマジシャンの少年は、滑らかな裸体を晒し慣れた仕草で腰をふり嬌声をこぼす。

情事と言うには熱が無く、睦事と言うには愛の無い、ただの行為。

この行為から目を離すことを禁じられているアサシンクロスは、壁にもたれ腕を組み、表情を一切消してただじっと見下ろす。


その華奢な身体には大きすぎる熱量を受け入れて狂いよがるマジシャンの姿。
それはハイプリーストに陵辱され底知れぬ恐怖と果ての無い激痛に、子供のように泣き叫び許しを請うた己の姿と重なる。

アサシンクロスはせりあがる吐き気を堪えようと苦い味の生唾を小さく飲み込み、どうしても抑えきれない嫌悪に目を逸らしたくなるのをただぐっと堪えた。
ハイプリーストの命令に背けばどうなるか、この身体は痛いほど知っている。

苦悶に翳るアサシンクロスに、ハイプリーストは濡れた唇を歪ませ嗤った。



扉の向こうがなにやら騒がしい。

怒声と複数の足音。
それは徐々に音量をあげ、扉が開かれると同時に廊下の灯りとひとつの人影が転がり込んでくる。
毛先をわずかに揺らす程度の風が生まれ、ねっとりと淀んだ空気を少しだけふるわせ、一瞬で呑み込まれた。

あわてて閉めた扉に背をもたれホッと胸をなで下ろすのは、小柄なローグ。癖のある黒い髪に、明るい茶色の瞳。
ローグになりたてなのか、二次職にしてはまだ幼い顔立ちと未熟な体つきをしていた。

それにしても、ローグとアサシン、進む道は違えども、元は同じシーフ。今頃になって慎重に辺りを見回し、こちらに気付いてギョッとする姿は同業者としていかがなものか。

アサシンクロスは壁に凭れさせていた上体を起こし、短剣に手を掛けた。ハイプリーストの許可無しに部屋に入ることは死を意味する。盗賊の類なら言わずもがな。

主であるハイプリーストは、招かざる客に一瞥もくれず。
「あちゃーこりゃお楽しみのとこ失敬失敬」とへらへら笑うローグが「ほなお邪魔しやしたぁー」と扉に手をかけようとする、そのときになってようやくハイプリーストは面倒くさそうに視線をやり「捕らえろ」と顎をしゃくる。


アサシンクロスは短剣から手を離すと一気にローグへ詰め寄った。
扉に強い力で押さえつけ、右腕を背後に捻り上げ拘束する。

「イテテ! んな掴まんといてーな!」

訛りのある声は思わず気の抜けそうなゆるい口調だったが、アサシンクロスは意にも介さず締め上げていく。

「ッ! 痛い、って……」

つらそうに顔をしかめるローグの右の肩口から、血の匂い。
傷を負ってるのであろう肩をさらに捻るように力を加えると、ローグは俯き、黒い癖のある髪がその横顔に流れる。

徐々に足に力が入らなくなってきたローグを容易く床に引き倒すと、上にのしかかり押さえつけた。
痛みと圧迫感で苦しそうに呼吸するローグの右肩に、うっすらと滲む黒い染み。



床に押さえつけられるローグの身体にハイプリーストの影が落ちる。
顔をしかめ首を捻り見上げる先に、ローグを見下ろす冷ややかな瞳。
アサシンクロスが強い力で締め上げる腕によって負担を強いられ軋む肩を、ハイプリーストは無造作に踏みつけた。

「ぃ……つぅ……」

食いしばった歯の間から洩れる、喉の奥から絞るような掠れた悲鳴。
ギリギリと踏みにじられ、黒い染みを滲ませていた布地から細い腕を伝って流れる赤い血。
幾筋も幾筋も腕に赤い痕を残し、床に流れ落ちる。

ハイプリーストによって手荒に髪を掴まれ顔を上げさせられ、アサシンクロスによって上体を起こさせられ、膝立ちの姿勢をとらされるローグの目の前にハイプリーストの欲。
ハイプリーストの精液とマジシャンの唾液に濡れるソレは、ムッとする雄の匂いをさせ赤黒く脈打っていた。

「ぅ、……うげ、……アンタ変態かいな」

ローグは心底嫌そうにしかめっ面で目を背ける。

傲慢でプライドの高いハイプリーストに口答えは許されない。
ましてや侮蔑の言葉など言語道断。ローグが殴られその身体は倒れるであろうと瞬間的に判断し、押さえつける手に力をこめたが、衝撃はこなかった。

ハイプリーストは口の端をわずかにあげて嘲笑うと、己の雄をローグの頬に擦りつける。
ねっとりとした粘着質の感触に、眉をめいっぱいひそめ顔を背けようとするが、依然として髪をきつく掴まれたままのローグは少しも動かすことができない。

ローグの嫌がる顔をしばし嬲った後、飽きたのか、顎を掴み口を開けさせ無理矢理己の欲を突き入れた。
徐々に質量が増し始めたソレは、ローグの口内に収まりきらず喉の奥まで進入する。
腰を突き動かされ欲の先端は何度も喉奥を突き、ローグは呼吸もままならず、息苦しさと連続的にくる嘔吐感に生理的な涙を零した。

ハイプリーストに視線で退けと命じられ、アサシンクロスは拘束していた腕を離した。髪を鷲掴みにされ凶器を喉の奥に突き立てられ、動けないでいるローグを見下ろす。

その奥で、マジシャンが己の欲を扱いていた。
その情欲に塗れた瞳はローグに注がれている。
三人の視線を浴び、涙をにじませ苦痛に眇められたローグの目は、しかしどこか煽るように誘うように、狡猾な輝きを宿している。

やがて口内にハイプリーストの精が吐き出され、杭から解放された身体はずるりと床に崩れ落ちた。
酷く咳き込む口から流れ落ちる精液が糸を引く。
うずくまりえづくような乱れた呼吸を繰り返すローグに、さらにハイプリーストの手が伸ばされる。



ローグはその手に気付かない。
気付いたとしてもローグにはどうすることもできない。
その手から逃れる術などない。

いや、例えローグは気付いたとしても、おびえて身体をふるわせ相手を悦ばすことも、無駄に抵抗することも、後先見ずに逃げることもしないのではないかと、アサシンクロスはふと思った。




***



朝から部屋は喧しかった。

ローグが口を閉じる間もなく、ひたすらマジシャンに話しかけているからだ。
アンタの名前なんて言うん?から始まり、住所生年月日血液型をなんなく通過し、家族構成から趣味特技好みの女性世界情勢まで幅広く。

マジシャンは嫌な顔も鬱陶しそうな顔もせず、ただ無表情にローグの顔を見ている。正確に言うとローグを通り越して背後の壁を、だ。

「アンタも餌食にされてるんやろ?ほんまあいつムカツクやつやな」

俺がけちょんけちょんにやっつけてやるわ、と昨夜散々泣かされもう堪忍とか嫌や無理ややめてくれとか懇願した口で、ハイプリーストに強要され数々の卑猥な言葉を紡いだ唇が、屈託なく無邪気に笑った。

昨夜のことなどなんとでもない、と言うように。

やがて無反応のマジシャンとの会話にむなしさを覚えたのか、ローグはようやく口を閉じアサシンクロスをチラッと見て、プイッと目を逸らした。

「はーなんや疲れたし、そろそろお暇しようかね」

アンタも一緒にくるかーとマジシャンを誘い、よっこらしょとベットを降りようとした足はその体重を支えきれず、がくりと膝が折れ床にへたりこむ。

「くそーあのエロ性職者め」

のろのろと床を這い壁際まで進むと、支えにしながら立ち上がる。
目指す先は廊下へと続く扉。無論ローグが試すまでもなく、押しても引いても開くわけがない。
飽きもせず押したり引いたりリズミカルにノックしたり蹴ったりと一連の作業を数回ずつ行った後、体力が尽きたのかその場でへたりこんだ。仰向けに寝転がり、広い天井を眺める。

「あーあ、帰るんは明日や。今日はこの辺で勘弁したろ」

「……無理だ」
「はあ?」
「ここから出るのは不可能だ」

生きてここから出ることは出来ない。アサシンクロスはそんな者達を今まで何人も見てきた。アサシンクロスによって殺され、モノのように外に捨てられた者たちを。

「アンタは試してみたんか?」
「……」
「ほんま、犬に成り下がってんのな」

かつては上層ギルド員に所属し転生も果たしたアサシンクロスと、見るからにひよっこなローグ。体格の差も力の差も歴然。
しかし格下のローグに侮蔑の言葉を投げられても、アサシンクロスの中に怒りは沸いてこなかった。

「身も心もカワイイ子犬ちゃんネ」

ゴ主人サマの靴なりアレなりしゃぶって尻尾振ってるのかニャーとにやにや。
からかい口調とは裏腹、目はただ静かに、目を逸らすことも許さぬほど真っ直ぐにアサシンクロスを見ていた。
何日経っても、何度ハイプリーストに手荒に扱われても、ローグの顔から笑みが消えることはなかった。

毎日懲りもせず繰り返される扉への殴る蹴るといったアプローチにはいい加減うんざりしたらしく、ローグの右足首に足枷がはめられ扉へと近づけなくなった後も、その様子は変わらなかった。

ハイプリーストに服従を見せる素振りもなく、伸びやかな四肢は時に与えられる苦痛と快楽にふるえ、時につかの間の自由に躍動した。
目は輝きを失わず、口も相変わらずせわしなく動き、部屋は始終喧しかった。

ただ、毎晩毎夜痛めつけられる右肩の傷口は癒えることなく、右腕は少しずつ動かせなくなっていた。



ローグは眉を顰め脂汗を滲ませながら己の右腕と格闘していた。
昨夜、毎度の如く飽きもせず抵抗するローグが煩わしかったのか、ハイプリーストが右肩の関節を外したのだ。
傷の上さらに脱臼の激痛も加わり、流石のローグもその後は従順な態度を示していたが。

時間が経てば整復も困難になる。
アサシンクロスは座り込んでうんうん唸るローグの傍に膝をつくと、右腕に手を掛けた。

「……歯を食いしばってろ」

骨の位置を確認し力を入れはめてやると、腕を通して骨が擦れる感触が伝わってくる。
イテテとしばらく呻いたのち、ローグはおおきにと言ってから改めてありがとうと言い直した。

二人向かい合って床に座り込み、ローグは呼吸を整え汗で張り付いた前髪を掻き上げた。
アサシンクロスは右腕を掴んだままその様子を見下ろしている。

「……お前は、右利きなんだろ」
「ん、ああ、そうや」

関節を戻しても右腕から筋肉が動く感触は伝わってこなかった。
離せば支えを失い何の抵抗もなく床に落ちると分かっていたから、アサシンクロスは手を離せなかった。

「……」
「うむ、アンタが危惧するんも分かるで。老若男女津々浦々イかせてきたこの黄金の右手が!ペノメナより蠢くと称されたこの黄金の指が!損なわれるんは確かに国民的な痛手や」
「…………そうか」

「しかしな、俺の武器は右手だけやないで。このベルベットのような舌もな、どんな強情なやつでも3分でイかせれるんや」さくらんぼの軸もちょうちょ結びに出来るんやでと、舌を見せながら器用に喋り続けていたが、まあどうでもいいことなのでアサシンクロスは適当に聞き流した。

それが事実というのならば、何時間もハイプリーストに拘束され喘がされ泣かされるのは何故なのだろうか。



冒険者を生業としてる者にとって、利き腕をなくすということは生命線を絶たれることでもある。
ローグの今後を気遣う己に思わず苦笑した。生きてここから出ることなど敵わぬのに。
短剣を扱えるかどうかとか、食い扶持を繋げれるかどうかとか、黄金の右手云々がどうかとか、そんなものどうでも良いのだ。

ローグはどう足掻いてもここから出られない。虚ろな視線で虚空を見つめるマジシャンも然り。囚われたアサシンクロスも然り。ここで共に朽ち果てていくのだ。

「アンタはキレイやな。エロ性職者が惚れ込んどるのもわかるわ」

一瞬何を言われたのか理解できず、アサシンクロスはローグの顔を凝視した。困惑に眉を顰めるアサシンクロスがあまりに幼くて無防備で、ローグはニッと笑う。

「顔だけとちゃうで。心の話や」

いつのまにか離していた右手が床に落ち、その衝撃が肩に伝わったのかローグは小さく悲鳴をあげた。




***



「あの海の向こうにな、俺の故郷があるんや」

ローグはよくそう言っては、無反応のマジシャンの手を取り窓辺まで連れて行った。分厚い窓の向こうに見える港、その先にあるアマツという名の外国。
ミス天津の蛍とは幼なじみなんや、と昔を懐かしみ時に照れ笑いをするローグ。手を掴まれマジシャンの少年は虚ろな視線を窓の外に寄越していた。



マジシャンはペットだった。

白銀色の美しい滑らかな髪はやわらかく輪郭を縁取り、白いきめの細かい肌に黄金比に並ぶ顔のパーツ。瞳は黄金色と紅色のオッドアイ。
商品として、間違いなく最高級品であった。

意志は与えられず、美しい愛玩人形のような少年。
主人の手によって愛撫される時だけ美しい身体が艶めかしく反応し、主人の欲を受け入れる時だけ甘い喘ぎ声が薄い唇から紡がれる。
マジシャンはただそれだけの存在だった。



「アマツの桜は見事だな」

アサシンクロスの言葉にローグが弾かれたようにふり返る。
アマツ来たことあるんかとローグは問うた。

「ああ、かなり昔の話だが一度だけ」思わず見惚れたよと続けると、「そうやろそうやろ、アマツの桜は人を酔わせるんや」ローグは嬉しそうに頷いた。

香りなどないだろうに噎せ返るような芳香。目眩がするほどの色彩。
確かに人を酔わせる花だとアサシンクロスは思った。

「あーなんか帰りとうなってきた。そろそろ賞金首でもいただいておさらばするかな」

ローグの言葉にアサシンクロスが目を見開く。桜色の夢うつつから現実に一気に引き戻された。

「300Mの賞金首っちゅーのは、あのエロ鬼畜性職者やろ?」

確かにこの屋敷の主であるハイプリーストには賞金首が賭けられている。生死問わず300M。どんな大悪党でも100Mを越えることがない相場で破格の値段である。
アサシンクロスもハイプリースト暗殺の任につき、そしてその結果がこの様だ。

ローグが侵入したその時から常に感じていた違和感の正体に今ようやく気づき、アサシンクロスは愕然とした。

ハイプリーストに賞金首がかかっていることを知っているのは、どのギルドでも上層級に位置するような人間だけだ。
それだけハイプリーストの存在はタブーということになる。

(何故ローグは賞金首の話を知っている?)

偶然聞いてしまったのかもしれない。
怖さを知らないからこそできる若さゆえの無謀な行動。だからこそハイリスクハイリターンに気づけなかったのも頷ける。

(それならば何故、ローグはこの部屋まで来れたのだ?)

見るからに痩せて体つきも経験も未熟なローグ。
過剰な手練れの警護に守られるこの屋敷。そしてこの部屋。
上級ギルド員であった己ですら屋敷に侵入し主の部屋に辿り着くことは容易いものではなかった。
捕えられハイプリーストの前に立たされたときには、もう意識を保ってるのがやっとだったはずだ。
こんなひよっこローグがたかが傷一つで成し遂げられるはずがない。



主がローグの侵入を許した、ということなのか?
ローグは一体何者なのだ?



「手ぇださんといてなー」

アンタおっかないやろ冗談つうじへんし、とローグがいつものゆるい口調で言う。

(主とローグの間に何かがある……)

アサシンクロスは目を細める。


***



どこに隠し持っていたのか、使い込まれた短剣が鎖を断ち切る。
力みもなく自然に構えるローグは見惚れるほど美しくそして予想以上に強かった。

傲慢で高潔なハイプリーストの不遜な笑みが歪む様を、アサシンクロスは今まで決して見たことがなかった。
ローグは右腕を伝いその手に握られる短剣に流れ落ちる己の血を舐める。銀色の刃はローグとハイプリーストが流した血で赤く染まり、着実にハイプリーストの命を奪おうとしていた。

ハイプリーストは、アサシンクロスにローグを殺せとも主を守れとも命じなかった。ただ手出しをするなとだけ言った。
騒ぎをききつけ現れた警護の者も入室を許されず、扉付近で控えたまま成り行きを見ている。

俊敏でしなやかな四肢、美しく洗練された動き、獰猛で艶やかな双眸。視線を惹きつけるローグの短剣がハイプリーストの致命傷となる場所を捉える。

その瞬間、考えるより先に、思うより先に、命令されるより先に、身体が動いた。わずかに遅れて警護の者たちが部屋に足を踏み入れるのを目の端で捉える。



ローグが主を殺せば、私は解放される。
主の支配から、私は解放される。
主が死ねば……。



アサシンクロスはハイプリーストを背に庇い、ローグの刃を腕で受け止めた。



「……ほんま、犬に成り下がったんやな」

間近で囁かれるローグの声は冷たかった。
気の抜けるような訛りも、桜を褒められ自慢げに笑ったことも、無反応のマジシャンにそれでも飽きもせず喋っていた姿も、そこにはなかった。

横から閃く刃先にローグは飛び退く。アサシンクロスの腕を貫通した短剣を抜き取ることはしなかった。
アサシンクロスはハイプリーストを背に庇うように立ち、警護の者も四方を囲むように、ローグと相対する。

アサシンクロスは腕に刺さった短剣を一思いに抜き取ると、ローグの足元に放った。
何の表情もなく小さく息を吐きローグが緩慢な動作で拾い、次の瞬間、床を蹴り一気にアサシンクロスへ詰め寄る。
刃がぶつかる甲高い音、小さく瞬く火花。

右肩の傷と流れる血で手を滑らせるローグに、拭いきれない迷いがアサシンクロスの刃を鈍らせる。しかし勝敗は明らかだった。
ローグへの手出しを禁じられた警護の者たちが控える中、避け損ねたアサシンクロスの短剣がローグの右肩を抉り、ローグの刃は躱されその手に手刀が振り落される。

思わず短剣を取り落としたローグは舌打ちすると、後方に飛び退きマジシャンの手を引くと明け放れたままの扉に姿を消した。
あとを追おうとしたアサシンクロスは、首に巻く赤いマフラーを引っ張られ立ち止まる。

「その傷で行くつもりか……」

ハイプリーストはアサシンクロスの腕を掴むと、傷口にヒールをかけた。優しく淡い光がハイプリーストの手元に灯り、アサシンクロスの中へと染み渡っていく。

アサシンクロスが受けた傷は確かに軽いものではなかったが、ハイプリーストの全身に走る傷の方がよっぽど酷い。
それでもハイプリーストは己の傷よりアサシンクロスの傷を癒やすことを優先させた。
丁寧に癒やしていくハイプリーストを、アサシンクロスは呆然と見つめる。

「ヤツはアレを持ち出した」

奪い返してこいと、ハイプリーストはアサシンクロスに命ずる。

「ヤツは生かして連れてこい。私が直接手を下す」

アサシンクロスは小さく頷き、ローグが落としていった短剣を拾うと外へ続く扉へと足を踏み出す。





「誰がために牙をむくのか」 2009.3.20
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