「もう君と会わないよ」 目の前に立つキミはそう言って、引きつった微笑みを浮かべていた。 一生懸命頑張って笑おうとしているキミがとても痛々しくて見ていられなくて、 だからオレは小さく、でもしっかりと一度頷いて見せる。 オレが頷いたら、キミもホッとして。 強張っていた口元が緩んで、無理に作っていた笑みがなくなった。 笑みがなくなったら表情もなくなって、 でも泣きそうだった顔もなくなったから、オレはホッとした。 「……今夜、部屋行っていい?」 最後に、とオレは小さく付け足した。 キミはわずかに目を見開き、青い瞳が揺れて、ややあってこくりと頷く。
“片思い”
はじめて君を見たのは、フェイヨンダンジョンの入り口だった。 君はまだ痩せっぽちの小さなシーフで、 ゾンビに腕を捕まれファミリアーに噛みつかれ、 ゾンビが吐き出す体液にまみれた幼い横顔が苦痛に歪んでいた。 普段は辻支援などしないのに、気付くと僕の声は君に対して祈りの文句を唱えていた。 僕の手が君に向かって伸ばされ、傷を癒し神の加護を授ける。 そして僕の足が君の元へと駆け寄ろうとして、君の射るような鋭い視線に、足が止まった。 君は再び前を見据えると、支援を受け格段に良くなった動きで、モンスターに斬りかかる。 無駄に力の入った太刀筋に身体が振られ足元がふらつく。 不格好な動きなのに、睨みつける目が綺麗で。 僕は君から目が離せなくなっていた。 モンスターを倒した後の髪をかきあげる仕草を、 ドロップを拾おうと身体を屈めたその横顔から零れ落ちた汗を、 こちらを一瞥もせず背を向けた君を僕はずっと見ていた。 僕の口に知らず知らず笑みが浮かぶ。 僕の手はぎゅっと握りしめられ、僕の足は、君を追って、君に向かって駆け出していた。 初めて君の声を聞いたのはいつだったのだろう。 初めて君が笑ってくれたのはいつだったのだろう。 ストーカーの如く君を追い回して付き纏って、逃げられ嫌がられ突っ張られ本気で消されかけて。 それでもこうやって隣に並んで、僕の言葉におざなりな相槌をうってくれるようになったのは、 君がシーフからローグに転職して、転生してハイシーフからチェイサーになった頃だった。 君を意識するようになったのはいつだったのだろう。 君に愛情を感じるようになったのはいつだったのだろう。 「あ、……んっ」 聞こえてくる濡れた甘やかな嬌声に、君はぎくりと足を止め、戸惑った表情を浮かべた。 軽く一杯飲まない?と、君を誘った酒場はそういった界隈にあって、 勿論そこを選んだのは、わざとだった。 壁に寄りかかり大胆に絡み合う影から目が離せず、 下腹部に帯びる熱に気付いて焦る君を、僕はただじっと見ていた。 君は女を抱いたことも男に抱かれたこともないから、笑ってしまう程の初なヴァージンの反応を見せた。 踵を返そうと振り返った君の、朱に染まったその耳元に、僕は低くささやきかける。 「勃っちゃった?」 僕のあからさまな言葉に君がきつく睨みつける。 部屋においでよと、僕は君の細い腕を掴んだ。 俯き首をふって拒む君は、手を引っ張られ、歩きづらそうに足をよろめかせる。 でも部屋につくまでずっと無言でいた君もきっと、本心から拒否はしていなかったと思う。 寝台に君を押し倒して、起き上がれないようにみぞおちを膝でおさえる。 僕はハイプリーストの長い法衣をそのままに、ズボンだけを下ろした。 「目を閉じてて」 キスもしない、愛撫もしない、前戯もしない。 君は男で僕も男だから、僕の男の体に君が萎えてしまうのは困るから。……怖いから。 君のソコが勃っているならもうそれだけでいい。 焦る手で君のベルトを外してファスナーを下げる。 阻むように君の小刻みにふるえる指が僕の手を掴んだ。 「っ! 待っ……」 「大丈夫、気持ち良くするから」 目を閉じてと繰り返すのに、君は呼吸すら忘れて僕を凝視している。 その様がなんだか可笑しくて愛らしくて、 僕は小さく笑うとそっと左のてのひらで君の両目を覆い隠した。 大丈夫だから感じていてと僕はささやいて、君の熱をあてがうと一気に腰を下ろした。 「っ!!」 慣らしていない内壁が熱に擦られ、痛みと圧迫に唇をきつく噛みしめた。 僕の下で君も痛みに体をふるわせる。 労わるように君のむき出しの腰をそっと撫でた。 数えきれないほどやってきたこの行為。 僕の中はもう緩んでるから、君の華奢なすべてを容易に呑み込んでしまう。 だからこそ慣らさずに君の熱を形を痛みを、愛おしさを感じたかった。 ゆるく腰を回すと君がびくりと身体を強張らせる。 君の乱れた苦しそうな息遣いが僕を酔わせる。 少しずつ溢れ出す先走りに濡れて動きがスムーズになってきたら、 僕は君が大好きで大切で愛おしくて無我夢中で腰をふった。 「嫌っ、……もっ、っ!」 いつのまにか君の汗ばんだ熱いてのひらが、君のやわらかな瞼を覆う僕の手の上に重ねられていて。 君の精液を奥に受け止めて、僕の意識は真っ白になった。 意識を失いぐらりと倒れかけるキミを抱きとめた。 キミの中に入ったままのソレの角度が変わり、痛みに顔をしかめる。 どうにも力が入らない腕でお前の身体を退かしながら、なんとか抜きとる。 オレは上半身を起こして衣服を整え、キミの着衣もなおした。 初めての行為はもう何が何だかわからず、 気持ちよかったというより、痛みと強すぎる刺激に呑まれ、ただ圧倒されていただけだった。 「あ、」 どうしていいかわからずぼんやりとキミの整った顔を見下ろしていると、 彼の睫毛が細かく痙攣し、ゆっくりと目が開く。 なんて声をかければいいのか分からなくて狼狽するオレは、次の瞬間にベッドに強く押し付けられていた。 その衝撃に思わずつむっていた目を開くと、キミの手が白いファーを掴んで引っ張っていた。 オレの上にのしかかり見下ろすキミは、確かにキミだった。 いつもと同じキミなのに、顔面の筋肉の動きひとつでこんなに表情が変わるのかと驚くほど、 別人のような、キミがいた。 「おいこら。この童貞が」 いつもと同じキミの声音なのに、いつもと違うキミの声質。 信じられない思いでオレは呆然と見上げる。 キミの豹変ぶりに言葉も出なかった。 君が奴にシたことを、僕がヤってやろうか?と、キミは薄い笑みを浮かべる。 見慣れた青い目が冴え冴えとした冷たさを帯びて、 キミはオレの顎を強く掴み、開いた口にソレを押し入れた。 「んぐっ」 嫌だとも抜けともやめろとも言いたいことはいくつもあるのに、 口の中の塊が邪魔してどれも言葉にできない。 腕を突っぱねて、吐き出そうと舌で押し返すけれど、それ以上の力で押しつけてくる。 質量を増してくるソレの先端が喉の奥にあたりだすと、 何度も込み上げる嘔吐感が苦しくて、涙を止めることができなかった。 うまく息ができなくて視界がかすむ。 どれぐらい時間が経ったのかようやく解放され、一気に吸い込んだ酸素にオレは咳き込んだ。 口の中に残るキミの味と匂いに吐き気がこみあげる。 顎が痺れて、溜まった唾液が口の端から頬を伝った。 キミはお構いなしに、オレの身体をひっくりかえしうつ伏せにすると、腰を掴み抱え上げた。 尻を押し広げられその奥に触れた熱に、ひくりと喉がなる。 力任せに押し入ってくる大きすぎる質量に後孔の縁が裂けて、鋭い激痛にオレは悲鳴をあげた。 「痛っ!……いたっ、や、めっ」 必死にシーツを握りしめる。 内股を伝う感触が血だと思うと、情けないほどに身体がふるえた。 痛みとショックに目の前が真っ暗になる。 ブレる意識の中、オレはキミにこんな痛い思いをさせたのかと、今感じてる痛み以上に心が痛んだ。 「……ったく、なんて顔してんだ」 痛くて悲しくて怖くてもうやめてほしくて恥も外聞もなく泣くオレに、 キミはこれみよがしに溜息を吐いて、オレの髪をくしゃりとなでる。 そのてのひらのあたたかさに思わず首をひねって見上げると、 キミは呆れたように眉をひそめて、でもその表情はやわらかくて。 「ほら、こうやって慣らしていくんだよ」 ぼんやりと見惚れていると頬を軽くぱちりと叩かれ、しっかり覚えておけと凄まれた。 キミは床に投げ出されていた麻袋から白ポーションを取り出すと、 栓を噛み切りどろりとした液体をてのひらに垂らす。 濡れたキミの指が今度はゆっくりとオレの中へと入ってくる。 白ポーションによって傷は塞がれ痛みは和らいだが、なんともいえない気持ち悪さに腰がひける。 キミの指が二本に増やされ、でもそれ以上は受け入れられなくて、 緊張と不安で限界を超えたオレは、いつのまにか意識を手放していた。 一度君を味わってしまうと、もう抑えがきかなくなった。 君が愛おしくて君が欲しくて、思わずその身体に手が伸びる。 叩かれ抓られ殴られ蹴られ、避けられ逃げられ嫌がられても、君がもう一度欲しくて。 君が根負けして僕の誘いに応じてくれたのは一カ月が経った頃だった。 ファスナーを下げフェラしようとした僕を、君はあわてて押しとどめた。 君に嫌な思いはさせたくなくて、君に拒まれるのが怖くて。 僕が戸惑っていると、君はわずかに躊躇ったあと自ら取り出して慣れない仕草で扱い始めた。 俯いてるから君の表情は見えないけれども、髪の合間に見える耳が赤く染まって、 僕は君の手の上から己の手を重ねた。 大きくきつく擦り上げ、先端から根元まで丹念に指を沿わすと、 与えられる刺激についていけないのか、君のふるえる手が僕の動きを止めるように、すがるように、 僕の手を掴んでいた。 「気持ち良くない?」 「っ、…………気持ち、いい」 「良かった」 じゃあ手をはなしてと意地悪く言ってみると、君はやっぱり俯いたまま首をふった。 君が愛おしくて君が欲しくて。 僕の中に君が欲しくて腰を浮かすと、君の指が背筋を滑り落ちて、僕の内側に触れた。 「え」 「あっ、痛い?」 僕から離れていこうとする君の手を咄嗟に掴んだ。 大丈夫と言うと、君のおっかなびっくりの指が再び僕の中へとゆっくり差し込まれる。 経験がないはずの君がどこでこれを知ったのか訝しく思ったけれども、 その動きがあまりにたどたどしくてこそばくて、笑みがこぼれた。 君の指はもどかしいほど慎重で丁寧で、優しくて。 快楽に慣れきった身体はそれ以上の刺激を求めていた。 内部をかきまわすその二本の指どころか、君の全部の指を呑み込んでしまうほど貪欲に、 僕は君を求めていた。 「もう大丈夫」 僕は君の手をやんわりと掴み、指を抜かせる。 君の上に跨ると、君のソレに手を添える。 腰を下ろそうとした僕の腕を君が掴んだ。見下ろすと君の不安そうな顔。 不安に揺れる目。 「……大丈夫、気持ち良くするから」 何故そんなに怯えているのか分からなかったけれども、 それ以上に君が愛おしくて、ただただ君が欲しかった。 「ただ指をつっこめば良いってもんじゃねぇよ」 キミがイって意識を失う度に、現れるもうひとりのキミ。 まあ15点だな、と評して意地悪くキミは笑った。 キミの指がオレの後孔の縁をなぞり、ぷつりと差し込む。その感触に全身が粟立ち、その圧迫感に呻く。 無遠慮に内部を動く指がそこをかすめると、突然オレの身体がびくりと大きく跳ねた。 「やぁっ」 思わずあげた声は耳を疑うほど甘ったるくて、キミの口元がにやりと歪む。 「ここか」 「な、に……これ」 「君のイイトコロ」 その部分ばかり擦られると、どうにかなってしまいそうなほど身体がふるえ、目の前に火花が散った。 身体がおかしくて頭がグラグラして、もう呼吸もままならず必死にその指を止めようとキミの腕を掴む。 「やっ……! おねがっ……やめ」 「なに怖がってんだ」 「っ!!」 手を止めてもらえないどころか、キミのもう片方の手が前を扱いはじめる。 いやがおうにも高まっていく射精感に、オレはきつく目を閉じた。 いつだったか、オレが遠出してギルドハウスに帰らなかった日、 キミはマスターとセックスをしたらしい。 聖職者のくせにすげえ淫乱だと、マスターはオレにささやいた。 何度もイかせてやったとニヤニヤ笑いながらオレの肩に手を回し、酒臭い息を耳に吹きかける。 マスターの言葉に不自然なところはなかった。 もうひとりのキミはオレの前にだけ現れるのだろうか。 いつものキミと、いつもと違うキミ。本当のキミはどっちなのだろう。 軽く意識が吹っ飛んでいたのか、気付くとキミの手がオレの髪をくしゃりとなでていた。 そのままてのひらが頬をなぞり、キミは軽く目を伏せ顔を寄せる。 オレは初めてキミとキスをした。 「こんにちは」 「よう」 アイツならギルメンと狩り行ってるぜ。 マスターの腕が僕の腰を引き寄せ、酒臭い唇を重ねる。 口を開いて乱暴に侵入してくる舌をやわらかく吸い上げる。 角度を変え何度も絡ませ合ったマスターの舌が突然引っ込み、舌打ちをした。 「チッ、帰ってくるんだとよ」 ワープ地点を見遣ると、空間移動を終えた人影が次々と現れる。 軽い高揚感に頬を火照らしたギルメンたちがギルドベースへと近づいてくる。 その中に君の姿を見つけ、僕の鼓動がドクリと鳴った。 「アイツ、色っぽくなったよな」 最近もてるんだよ、女にも男にも。 マスターはそう言いながら、君の細い腰を撫でまわすように視線を這わす。僕の胸がざわつく。 君は僕に気づいて戸惑った表情を見せ、それでもその歩みは僕の元へと。 君はどんどん綺麗に、格好良くなっていく。 僕を抱く君の手に余裕が出てきて、少し意地悪にささやく君の声が甘やかで、 僕は君に翻弄され、泣かされるようになった。 ねえ、君は誰から教わっているの? 君を抱いてるのは誰? 僕以外に君が抱いてるのは、誰? ……君は、僕のものじゃないの? 「今夜、部屋行っていい?」 ごく稀に君から誘われると、僕は頷くしかなかった。 「40点かな」 キミは意地悪く笑う。いつものキミを抱いて、いつもと違うキミに抱かれて。 身体をつなげればつなげるほど、オレはキミのことが分からなくなる。 本当のキミはどっちなのだろう。 「君は、奴を抱くのと、僕に抱かれるのと、どっちのために来るんだ?」 「え」 「君は、奴と僕と、どっちが好きなんだ?」 返答に窮して、俯く君が無性に腹が立って。僕は君の首筋を噛みきつく吸い上げた。 君は痛みに顔を歪ますけれど、小さな甘い声がこぼれおち、敏感になった身体がびくりとふるえる。 そもそも君は僕のものなのだ。 君を最初に見つけたのはこの僕なのだ。 フェイヨンダンジョンでシーフだった君を見つけたのも、君を追ったのも、 初めて君の声を聞いたのも、初めて君が恥ずかしそうに笑いかけてくれたのも。 奴じゃなくて、この僕こそが君を愛しているのに。 今まで決して君との情事の痕を残すことはしなかった。 でも、君には見えない首筋の裏側、僕は初めて君に痕を残す。 奴がこれを見たらどう思うだろう。 君のぱさぱさに日焼けした毛先が風に揺られるたび、赤い痕が見え隠れする。 まるで僕に見せつけるように。 僕は息を止め、立ち竦んだ。 僕じゃない誰かを君は抱いて、僕じゃない誰かに君が抱かれていることは分かっていたくせに、 僕はその事実から目をそむけていた。 だって僕にふれる君は優しくて、 不器用で馬鹿正直な君に、僕以外に大切な人がいるように思えなかったから。 そう思い込もうとしていた。そう信じようとしたのに。 だけど、僕じゃない、誰かが。君に刻まれた所有印は、僕じゃない誰かの存在を僕につきつける。 君の肩を掴んで力のままに揺さぶりたかった。 君は僕のもので、僕は君のことが本当に愛おしかったから、 僕以外の誰かと君が一緒にいることが許せなかった。 その誰かが妬ましくて憎くて、でもそんなことを思ってしまう醜い僕が、一番許せなかった。 「もう君と会わないよ」 僕は君に告げる。 いつものように、君がよくやる様に、俯いて首をふってほしいのに、 君が小さくでもしっかりと頷くのを、僕はただ見ていた。 僕が君に抱かれる最後の夜を迎え、 僕が君を抱く最後の夜が明けた。 あたたかな朝日に照らされ、僕は隣で眠る君を見つめていた。 愛おしかった。心の底から君が愛おしかった。 うつぶせに眠る君の、かすかな寝息をたてるたびに、むきだしの白い肩が小さく上下する。 君の手をはなしたくないと僕は強く思ってしまう。 君の手をはなすなと、僕の心のどこかで声がする。 そうだ、君が僕のものにならないのならば、君は誰のものにもならなければいい。 僕じゃない誰かに君を渡したくない。 君を待つ誰かの元に、君を帰らせたくない。 僕は君を起こさないようにそっと寝台から抜け出し、扉の鍵をかける。 |