右も左も上も下も、青光りする白。
広場の隅っこに座っていた蛍は立ち上がる。見据える先に3階へと続く階段。
歩みにあわせて、いくつかの気色ばんだ視線がついてくる。
階段の近くで立ち止まり、俯き目を閉じて意識を集中させた。

FCAS型のセージであるレオンに雇われ、蛍は専属の魂付与リンカーとなった。
初日の昨日は、魂の繋がりが安定せず付与に時間が掛かってしまったけれども、レオンは何も言わなかった。
二日目の今日は、だいぶんコツを掴めてきたと思う。
他のソウルリンカーのように離れていても魂を繋げることが、蛍にはできない。
直接手を触れるためには、レオンがきたときに蛍は手の届く距離にいないといけない。


魂の繋がりが強くなる。レオンが近づいてきてるのだ。
蛍は目を薄く開き、右手で握り込んだこぶしを胸にあてる。

燃えるような緋色の長い髪が流れる。狩りの興奮のせいか色を濃くした桜色の瞳が蛍をとらえる。
軽く乱れる呼吸と共に現れたレオンの、その胸元にひらいた右てのひらをおしあてた。
セージの魂を呼び入れた身体が淡く光り、つまさきから髪の先まで気が駆け上がる。ふわりと上衣の裾がひるがえる。
てのひらを通して、セージの魂に染まった蛍の魂とレオンの魂が結びつき混ざり合った。




聞きにきてくれたんだありがと。さあお話を続けようか。
今日のお話は、氷ダンジョン二階北の広場からはじめるね。
蛍の他に、ソウルリンカーが5人、プリーストが2人いるよ。なんだか誰もが蛍をしきりに気にしてる。
蛍は特にどうってことのないごく平凡な少年なのに。
なんでだろって思ったら、向こうからわざわざそのワケを教えてくれるみたい。


「ねえなんであなた、レオンといるのよ?」
「は?」

いきなり見知らぬ他人に、こんな不躾な質問されたら誰だって驚くよね。
蛍が目をぱちくりさせて見遣ると、ソウルリンカーの女の子が立っていた。
レオンの知り合いなのかなと首を傾げる。

「レオンは特定のリンカーと組まなかったの」

あなたレオンの何?と問われても何とも答えようがなく。
募集チャットが立ってたから入って雇ってもらったのだと経緯を言うと、次は彼女が首を傾げる番。

「君こそ何? 知り合い?」

いいえ、と女の子。じゃあなんで知ってるのと重ねて問うと、目がくるりと動いて可笑しそうにクスッと小さな笑みを浮かべた。

「だって彼、チョー有名人よ。プロンテラの住人なら誰だって知ってるわ」
「……え、そうなんだ」
「そうよ。あんなにカッコイイし、おっきなGvギルドのマスターもやってるの」



へえなるほどそういうことか。レオンって有名人だったのか、知らなかった。
でもFCAS型のセージで大手Gvギルドのマスターをしてるって珍しい?そうでもない?
Gvしてないから僕には分からないけれども。設定ミスったかな。

まあなんであれ、かわいい女の子とお話しできて蛍は満更でもなさそう。お年頃なんだ。
鼻の下を伸ばすなんてもう死語。でもソワソワして浮き足立ってる感じ。

「あなたの魂付与、なんでいちいちレオンにさわるの」
「したくてしてるわけじゃないよ。僕は力が低いからふれないとできないだけ」
「そうなのか、ゴメン。見せびらかしてるんだと思った」
「え」
「キミ、オンナの敵だもん」

ほら、だからあっさり足下すくわれちゃう。
ついでにレオンが戻ってくる気配に気づくのも遅れて、あわてて意識を集中させるけれども間に合わない。
タイムロス。レオンの足を止めてしまう。冷ややかな視線に見下ろされて蛍は首をすくめた。

「……ごめん」

レオンの胸元にふれた焦る手に、ソウルリンカーの女の子の手がそっと添えられる。
彼女の力強く落ち着いた気に助けられ、慌て焦るからぶれていた意識がスッとクリアになる。
セージの魂を呼び入れる瞬間彼女の手が離れ、蛍の魂はまっすぐにレオンの魂と繋がった。
再び三階へと戻っていく背中を見送って、蛍はホッと一つ息を吐く。

「ありがとう」
「どういたしまして、ほら座って」
「え、あ、うん」

テコンキッド系列は同じ天使の加護を受けているため、心身を休めるのに相性が良い。
言われるがまま蛍が座ると、女の子はその隣に座って手を繋いだ。
お互いの気が混じり合って満たされる。蛍は頬を赤らめて視線をあちらこちらに彷徨わせた。



あれれなんだかイイ雰囲気。妬けるなあ。
ソウルリンカーの女の子は、リンって名前。若草色の髪と瞳のかわいい子。
リンは暇つぶしに、FCAS型のセージであるお兄さんの付与に来ているんだ。

「へえ、リンのボーイフレンドか」(ニヤニヤ
「いいえ敵よ」
「あらまそれはそれは」(ニヤニヤ

そのお兄さんはこんな感じ。にやにやして軽そうなタイプ。あとちゃらちゃらもしてる。
僕は好きじゃないタイプだ。でも悔しいけれど顔はカコイイ。
蛍もなんだか苦手みたいで、狩りおっぽりだして隣に座ったリン兄とリンに挟まれて困った表情。
リンとは手を繋いだままだし、リン兄はしきりに喋りかけながら親しそうに肩を抱いてくるし。
もうすぐレオンが戻る時間なのにとてもじゃないけど集中できる雰囲気じゃない。

姿を現したレオンはそんな蛍の有様をみて眉をひそめる。
無言で蛍の腕をむんずと掴むと引っ立てて、そのまま引きずるように三階へと続く階段をあがっていった。



「魂くれ」
「あ、うん」

レオンが立ち止まって、ぐいぐい引っ張られて連れてこられた蛍も足を止める。はじめての三階。
掴まれたままの右腕が動かしづらい。ってかちょっと痛い。

「手、はなして」

そう言ってみたけれども聞き流されたのか聞こえなかったのか、手をはなしてもらえず。
仕方ないから掴ませたまま。レオンの胸元にそっとてのひらをおいて魂を繋げたとたん、

「うわっ」

ふわっと身体が浮いて、視界がかわって、再び足下に戻ってくる重力。
ハエとかテレポとかお馴染みの空間移動。でも違うのはとんだ先も目の前にレオンがいる。
レオンは、『巨大なハエの羽』ってアイテムを使ったんだ。
普通じゃ手に入らないアイテム。まあ課金アイテムだから当然なんだけれどね。
そんなアイテムなど知る由もない蛍はびっくりしてただ唖然として。知らず知らずレオンの上衣をしっかり握ってる。


レオンは蛍を中央へと連れていった。
妖しく光る封じの魔法陣がくるりくるりとまたたき、煌めく結晶に乱反射している。
いまにも崩れ落ちそうな足場の下には深い深い底のない空洞。切り裂くような冷たい風が吹き上がる。
蛍は不安そうにきょろきょろと周囲を見渡してから、最後に桜色の瞳を見上げた。

「モンスターの気配を感じたらすぐ呼べ」
「……わかった」

セージの魂が宿り淡く光っているにも関わらず狩りにいこうとしないレオンに、蛍は訝しむ。
腕を掴んでいたレオンの手は離されていたが、しかし蛍の指はレオンの胸元をしっかり握りしめていて。
それに気付いた蛍はあわてて手をはなした。




レオンの背中を見送る蛍の表情は心細そうに。それが僕にまでうつってくるから困る。
きみがイヤじゃなければ、となりにすわってくれないかな?
ごめん、……ありがとう。

ここに場所を移してから何度目かの魂付与を終え、レオンが狩りに出たそのちょっと後のことだよ。
こちらに近づいてくるモンスターの気配。
蛍はひとつ深呼吸をすると前方をきつく見据え、握り込んだこぶしに力を込めたんだ。



氷の化身アイスタイタンが蛍に向けてフロストダイバーをはなつ。
カウプで避けた蛍は風の精霊を呼び、エスティンで巨体をわずかに押し退けてエスマを唱えた。
解き放った気が、かまいたちのようにアイスタイタンへ襲いかかる。

蛍は魔力が低く、ベースレベルも71だからそれほど高くない。
エスマは大魔法なみの魔力を必要とする。
しかも魂付与に集中力を費やしたその後に、アイスタイタンを倒す力があるとは到底思えなかった。

必死でエスマを繰り出しながら、それでも蛍はレオンを呼ぶことをためらっていた。
ついさっき魂を付与しテレポで飛んでいったというのに、またすぐ戻ってもらうのはなんだか気が引ける。
しかしその間にも、魔力はどんどん消耗し少しずつ追いつめられていく。


とうとうエスマを唱える精神力が途絶え、がくりと膝をつく。
目を閉じ衝撃に備えたがいつまでたってもその瞬間はこなかった。
恐る恐る目を開くと、アイスタイタンを殴りながら滝のようにライトニングボルトを降らすリン兄の姿。
その足下に音を立てて残骸が崩れ落ち、リン兄は嫌味なほど様になったウィンクを寄越した。

「あ、ありがとうございます」
「なんのなんの。大丈夫かい?」
「はい」

そこに戻ってきたレオンは肩で息をする蛍と涼しげな表情のリン兄の様子を見て取り、粗方の事情を察したのだろう。
リン兄の視線を遮るように蛍の前に立ち、腕を組んで見下ろす。責める視線に蛍はますます俯いた。

「俺を呼べと言っただろう」
「ごめん」

もしもーし俺は無視ですかーと、KYなリン兄の茶化す声。
二人の様子を眺めるニヤニヤした変わらない表情。しかしその目は細められ、唇が薄く歪められていた。






プロンテラの大通りをぶらりぶらりと歩く。空を見上げると、桜はいつのまにか葉桜へと変わっていた。
数日で散ってしまう儚い花。石畳の端に吹き溜まった花弁の絨毯は色褪せ、なんだかもの悲しさを感じる。
桜色の瞳を持つレオンの顔がパッと思い浮かんで、蛍は慌てて首を振ると脳裏から追い出した。
当の本人は週末のGvに向けてなにやら会議があるらしくて、今日の魂付与のバイトは休み。

聞こえてくる会話で、何やら天津でイベントが行われているらしい。
天津の桜は見事だと聞いたことがある。見てみたいな見に行ってみようかなと蛍は頬をゆるめた。
今から出掛けても今日中に帰れるのかなと思い巡らしながら南通りへと続く路地に足を向ける。

そこに、前方から見知った顔。
リン兄がやあと手を軽くあげて近づいてきた。蛍は小さく会釈をする。

「今日は魂バイトお休み?」
「はい」
「丁度良かった。ちょっと僕につきあってくれない?」
「え?、……なっ!」

鳩尾に鈍い衝撃を感じ、蛍は息を詰めうずくまる。
息苦しさと痛みに滲む視線の先、ごめんねきみは何も悪くないんだけれどとにやにや笑うリン兄。
さらにもう一発頭を強く殴られ、視界が暗転した。



「荊棘」 2010.04.14
 
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