すれ違い様あとで来いと耳元に低くささやかれて、思わず頬を掠めていく長い髪を視線が追いかけていく。
 期待と恐怖にふるえる指を握り込んで。爪が皮膚に軽く食い込む感触にすら腰が痺れる。
 エレメスが欲する時はきまぐれに、こちらの都合などお構いなしにハワードを誘う。
 今日はどれだけ泣けば許して貰えるのかと憂いの溜息をひとつ。
 確かなことは、今夜は何も考えずに眠れそうだということ。


「おいで、ハワード」

 形の良い切れ長の縁に填め込まれた紅い瞳がスッと動いて、入ってきたハワードをとらえる。
 顔をわずかに傾げてエレメスが妖艶に微笑んだ。
 甘い甘い声が耳朶をなぶる。酔いそうなささやき。

「……何か用」

 目線逸らしそっぽを向いて、ささやかな反抗。

「期待してる顔」

 たまってるの?と揶揄する声。余裕の態度が癪に障る。
 何でもない顔で聞き流すけれども、疼くような熱が耳に溜まっていく。

 こっちに来いと二回目の命令。それとも無理矢理されたい?と感情のない声音に背筋がゾクリとふるえる。
 ためらえば焦らされ、あらがえば仕置きが待っている。
 エレメスの機嫌を損ねて何の得にもならない。

 ハワードは足を踏み出す。
 扉を閉めた時に覚悟はできている。



 白くしなやかな手が、首に巻く緋色の布をほどく。乱れた青紫色の髪が頬に影を落とした。
 濁りのない青光りするほど真っ新な白目と対照的な鮮やかな紅い瞳。
 部屋の真ん中あたりに立っているエレメスの横をすりぬけ奥にある寝台へと向かう。
 その襟首を掴まれて首筋にふれた指の冷たさにおののき、咄嗟に手をふりはらった。
 ハワードがふりかえり睨みつけると、すぐ間近に閃く美しい双眸はやんわりと受け止める。

「目、閉じて」

 睫毛がふれあう距離。交差し絡み合う視線はそらされることなく。
 聴覚を失った時期のあるハワードは唇の動きを読み取るだけでなく心の内側まで見透かすような目をする。
 穏やかな空色の瞳が緋色に染められても変わらず。
 見透かして、さらけだして、ひきずりだす。見せつけて、目をそらすことを許さない。

「ハワード、目を閉じろ」
「……っ」

 わずかに語気を強め繰り返す。
 視線が揺れて彷徨い、嫌そうに眉を顰めたハワードがしぶしぶと目を閉じる。
 手に持っていた緋色の布を閉じられた瞼の上に押し当てた。後ろに回し草色の髪を巻き込むのも気にせず結ぶ。

「…………い、嫌だ、エレメス」
「今はもう大丈夫だろう?」

 結んだその先、長い緋色の布を小刻みにふるえる腕にからめ、後ろ手で両手首を拘束した。
 耳の聞こえなかったハワードに目隠しをして監禁したハイウィザード。
 セックスへの嫌悪も目隠しに対する恐怖も、ハワードの心を深く傷つけ癒えることのないまま。

「いい姿だな」

 白いシャツは拘束された手首に引っ掛かり、他の着衣は全て取り去られる。
 緋色の一反布に目隠しをされ腕を絡み取られたハワードは酷く色気があり扇情的に。
 エレメスは口の端をわずかにつりあげ、濡れた舌で唇を舐める。

 寝台の上ではなく部屋の真ん中に全裸に近い姿で跪かせられる己は、まるでペットになったかのよう。
 身を捩り逃れようとすると強い力で髪の毛を掴まれる。
 顔を固定されて促され、ハワードは幾分ためらったあと自ら口を寄せた。


 髑髏をかたどった悪趣味なベルトの端をくわえ噛んだり引っ張ったり苦心して、ようやくボトムの布地が頬に当たる。
 あごが痺れる。ひとつ息をついてからファスナーをくわえて下へとおろす。
 アンダーウエアをさげると唇にあたるエレメスの欲はやや反応をみせているようで。
 ハワードは息を呑むとふるえる口をひらいてくわえこんだ。

 舌でなぞり唇をすぼめて吸う。息苦しさに歯があたると、草色の髪を梳いていた指がピクリと揺れる。
 頭を固定し引き抜けないようしたままエレメスは腰を下ろす。
 その反動で喉の奥深くに挿され呻き声が洩れる。挿入を浅くしたくて顔をふるが頭をきつく押さえられ阻まれた。



 ひっきりなしにこぼれおちる吐息に艶が混じりはじめると、ハワードの本性が覗く。
 口淫に耽るハワードはまるで甘い香りを放つ獣のように。
 貪欲に求められむさぼり食われる感覚に、エレメスは焼け付くような快楽に襲われ目を細めた。
 昂ぶる快感に任せ抽挿を激しくすると、口内に精を放つ。
 ハワードは苦しそうに呻き、仰け反らせた白い喉が上下し飲み込んだ。


 甘くしなやかな獣。
 唾液と精液に濡れる唇がうっすらと笑みを浮かべる。

 鎖で繋いでもっと縛って。もっと感じさせてもっと愛して。
 そうじゃないと鋭い牙があんたの喉を噛み切るよ。



「Sweet's Beast」 2010.02.22
 
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