「ホント、キミも淫乱だネ」
 オニーサンが見たら卒倒しちゃうヨ。

 ジュノー=イズルード間を繋ぐ飛行船内。二人の男がうずたかく積まれた荷物の陰に座り込んでいた。
 大空を舞う風が帆をはためかせる爽やかな音とは異質の、粘ついた水の音。
 一人はクラウン。前だけをくつろがせた姿で飛行船の床板に座り込み、弦を爪弾く。弾かれた弦は美しい音色を奏でていた。
 そしてもう一人は、リョジエン。
 一糸纏わぬ姿でクラウンの足の間に顔を埋め、熱い欲を頬張っている。
 腕を後ろに回し、三本の指で己の奥を掻き回していた。

「兄さんには内緒だよ」

 口を離すと透明な糸が引く。先走りに濡れた唇を歪めくすりと微笑む。
 クラウンの指がリョジエンの胸の突起を弄る。甘い吐息がこぼれ落ちた。


「こうやって、バイトにくる奴らにゴ奉仕シちゃうの?」
「まさか。僕だって相手は選ぶよ」

 クラウンの腰を膝で挟むと、孔を指で広げて欲を受け入れる。一気に腰を下ろした。
「あ、……んっ」
 ぶるりと身体をふるわせ、喉を仰け反らせる。深く長く息を吐き出した。

「キモチイイことしておカネも貰えて」ヤクトクだネ。
 見下ろすリョジエンと見上げるクラウン。互いに目を合わすとふふと微笑む。
 腰を上げては下ろし快楽に溺れるリョジエンの姿がクラウンの瞳に映る。
 でもちょっとオニーサンにドージョウしちゃうと唇の端を吊り上げ笑った。




 僕と兄さんは実の兄弟なんだ。といっても血の繋がりは半分だけ。
 母さんが娼婦だったから。貧民街で女が稼ぐ手ってそんくらいしかない。
 父親はその客の誰か。
 もう多すぎてどの精子が行き着いたのかしらないけれど、まあどっちもろくでなし。

 でもね、母さんは墜ろさずに産んでくれた。
 別に僕たちを産みたかったわけじゃない。妊婦を犯したいって変わった客もいるんだって。
 まあそのおかげで僕たちは産まれたんだ。母さんもそれなりに僕たちのことを愛してくれた。
 そんな母さんも客に乱暴をふるわれて、あっけなく殺されちゃったけれど。
 母さんが死んで、兄さんが僕を育ててくれたんだ。


「……ゆっくりおやすみ」
「うん、おやすみなさい兄さん」

 僕を優しく寝かしつけるきれいな兄さんの後ろには、醜い男の人。
 兄さんの言うことは正しい。僕は兄さんの言うとおりにしておけばいいんだ。
 汚い男の太い腕が兄さんの細く幼い身体を掴まえて押さえつける。僕は目を閉じる。
 男の下卑た笑いと兄さんの泣き声が僕の子守歌。



「僕のため僕のため、それが生き甲斐な人だから」
 言い訳をしないと生きれないほどキレイな人だから、だから。
 兄さんの重荷になるんだ。錘になって繋ぎ止めて兄さんがどこかにいっちゃわないように。

 兄さんが狂っちゃわないように。




「カワイソーに」
 クラウンが憐憫の言葉をひとつ。優しくやわらかく抱きしめる。
 それなのに、チンポさらにふくらませて笑っちゃう。
 所詮は他人事。


 積み荷が何だってどうでもいい。どっかの誰かが死んでも、ハァだから?って感じ。
 誰もが幸せな世界なんて決してありえないから、僕と兄さんが幸せならそれで良いと思うんだ。
 正義とか良心とかそんなくだらないことに惑わされる兄さんはとてもきれい。

「でもいつかめちゃめちゃに壊したくなる、ね」
 腰を揺らしながらクラウンの肩に顔をすり寄せて。可笑しそうに微笑むリョジエンは親指の爪を噛む。


 クラウンに抱かれるのは今日で三回目。
 これでおわり。





『どんな事をしても守りたい人が貴様にはないのか?!』
『自分はいつも正しい事だけをしているという自信があるのか?!』


「大丈夫、兄さんはいつも正しいよ」

 クルセイダーに抱かれながら、リョジエンは目を閉じる。
 船上から、いつかのクラウンが奏でる美しい旋律が聞こえた。





「愚兄愚弟、狂ってもされど兄弟愛」 2010.2.25
 
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