俺達は今日という日を、ほんのわずかな後悔も零さず大切に大切に過ごした。 今日の連続が明日に繋がると信じて。 「納屋の地下から子供のものと思われる骨が多数見つかりました。犠牲者の数は今のところ6人と思われます。さらに掘り進めればまだ出てくるかと……」 部下からの報告に、ハイプリーストは目を閉じた。 「骨はできるだけ見つけてくれ。弔ってやりたい」 「はい」 「明日には納屋を焼き払う。痕跡を一切残すな」 「わかりました」 ハイプリーストは礼拝堂へと続く廊下を進む。 コツン、コツンと大理石の滑らかな床はその足音を厳かに響かせ、銀色の長い髪が歩調にあわせてわずかに揺れる。 昨夜『赤髪』によって殺された孤児院の神父は、児童性愛者であった。 苦痛を与えることによって性的興奮を得る嗜虐性向が強く、今回見つかった骨もその犠牲となった子供達のものだ。 大聖堂は黙認と隠蔽を続けてきた。 身内の膿を出すことは教会の権威を下げることに繋がる。 アルナベルツ教国が脅威の存在になりつつある今、その事態はどうしても避けたかった。 ステンドグラスで描かれた天使が陽光を受けて煌めき、ハイプリーストに微笑みかける。 美しく繊細なその慈愛に満ちた顔を砕けば、流れ落ちる心の闇。 『赤髪』も、醜い欲の犠牲者だった。 心ない人達の手によって彼はどれだけ血を流し、涙を流したのか。 その純粋な魂を傷つけながら両の手を赤く染め繰り返される復讐すらも、人の道具として利用され。 そして、今、彼は処分されようとしていた。 ハイプリーストはひざまづき祈る。いくつもの憐れな魂のために。 俺達の帰る場所は、ひとつしかなかった。 ローグの身体に痛々しく散る二人分の痕が、これは現実なのだと思い知らせる。 ローグは命を狙われる身となり、彼と共に生きることを選んだ俺はもう大聖堂に戻れなかった。 「なぁ、アンタの名前なんていうの?」 俺の問いに、きょとんとローグは不思議そうな顔をした。 「名前、ナイけど?」 「……え」 聞いてはならないことを聞いてしまった気がして、誤魔化すように、ほらえーとそう冒険者登録の時とか名前必要だろ?と口早に続ける。 しかしそれは冒険者登録を消されてしまったローグに対してさらなる失言を重ねたことに気付き、俺は頭を抱えた。 「んー、そういえば、」 ローグは冒険者カードを取り出す。 通常その持ち主が触れるとカードが反応し、淡い光りと共に様々な情報や機能が浮かび上がるのだが、その手の中にあるカードは冷たく沈黙したままだった。 名前の欄には無機質な数字が並んでいる。 「その頃、俺あんま言葉分からなかったし、何でも良いから名前決めろとか言われても、名前の意味自体分かンなくてさ。ンで、ナンバーになったワケ」 あんま必要じゃなかったからまだ決めてないやとさらりと続けるローグの顔が見ていられなくて、目を伏せた。 確かに騎士団とか修道院とか彼を陰から守ってきたのだろう。 しかし、何度突っぱねてもはね返されても、それでもただひたすらに手を差しのべ彼の傍に居続けた人は誰もいなかったのかと、俺は唇を噛む。 「お前の名前は何て言うんだ?」 「あ、ああ……。セリンって呼ばれてる。ホントはもっと長ったらしい名前だけれどな」 冒険者カードに刻まれる長い文字を指し示すとうわマジなげーなと覗き込み、「んな長いンなら俺に分けろよー」とローグが冗談めかして笑う。 俺は笑うことができなかった。 二人が消えたワープポタールの光の残像をただ眺めていた私は、ハイプリーストの間延びした声にふと我に返る。 「おエライあんたたちにできないコトを、セリンは事も無げにヤっちゃったネ〜」 「…………そう、だな」 誰よりもアレを守ってきたつもりだった。 だが、それは完全な独りよがりだった。 強い力で背中を押され辿った視線の先、真っ直ぐにアレの元に走るセリンという名のハイプリースト。 何もかも捨ててでもアレの手を掴んだその姿に、ああそうだったのかと私は目を閉じる。 ならば私は、私が出来るやり方で、アレを守ろう。 ロードナイトのあの男が水面下で動き出した。 ヤツのコトだ、騎士団長という肩書きを振りかざし利用しまくっているのだろう。次の一手をうつべき時も近い。 「あ〜ファウ〜、悪人面になってる〜」 時代錯誤の古い体制はもう必要ない。 さんざん甘い蜜を吸ってきたお歴々方にも、そろそろお引き取り願っても良い頃合いだ。 大聖堂は変わる時期にある、いや変えなければならない。それが『赤髪』を利用し、一人の後輩を犠牲にすることとなっても。 「セリンを愛しちゃってると思ったのになぁ〜」 「……可愛い後輩だからな」 「またまたぁ〜、特別扱いしまくってたクセに〜」 手ェ出さなかったの〜?と明け透けに問う双子の兄を視界の端に入れ溜息を吐く。 「……何度か性交渉は持ったことがある」 「え〜、ファウって童貞じゃなかったンだ〜」 「…………」 皮剥けてたンだね〜とへらりと笑う兄の頭に、強烈な拳が落ちたのは言うまでもない。 小さな灯りが手元を照らす。 向かい合わせで俯せに寝転がり、俺に文字を教えるハイプリーストのやわらかな声に耳を傾ける。 紙の上をなめらかに動くその細くキレイな指が、俺の身体を意地悪く撫で回すあの指と同じだということに、俺は到底信じられなかった。 ハイプリーストの指を目で追いながら、ふと思う。 本当に彼はそこにいるのだろうかと、暗闇の向こうは本当は何もナイんじゃないかと。俺は急に落ち着かなくなって、思わずその指をペロリと舐める。 「のわっ!」 指がピクリとふるえた拍子に、揺れる金色の髪がきらめく。 「なになに、盛ってるー?」 「……お前じゃねーし、ンながっつくかよ」 そりゃ残念とハイプリーストは笑う。 今更、文字が何の役に立つとも思えなかったが、俺は何も言わなかった。 ハイプリーストが、何かをしていないと不安になるのだと、気付いていた。 頓に笑顔が減った彼を、俺は見て見ぬふりをする。 俺と共に居ることが、ハイプリーストを苦しめていると分かっていたから。 ロウソクの火を吹き消すと、俺はハイプリーストに腕を伸ばす。 肩を押して仰向けにさせ大きく開いた胸元をてのひらでなぞると、冷たかったのかハイプリーストの身体が小さく身じろぐ。 「今日はえらく積極的じゃんー」 揶揄する口調に、胸の突起に爪を立てることで答えてやる。 ビクリと反応する身体や、時折乱れる呼吸や、早鐘を打つような鼓動が、俺の背筋をゾクリとふるわせる。 ぷっくりと赤く染まった飾りを夢中に舌で転がした。 「へぇー、結構……ヤるじゃん……、痛ッ!」 「イイ気味」 「……あんまオイタしてると、後で痛い目あうゾ」 低くささやかれると、胸の突起をきつく摘み弄っていた指が思わず反射的に離れた。 バツが悪そうに彷徨った手が、喉奥で笑うハイプリーストの手に掴まれ、下半身へと導かれる。 「ねぇ、ココもさわって?」 余裕綽々のハイプリーストに主導権を握られてる気がして、俺は唸る。 「嫌だ」 「ふーん、ンじゃ俺がアンタの舐めてあげよっか?」 「……少し黙ってろ!」 月明かりに少しだけその濃度を薄める闇の中、殊更ゆっくりと脇腹をなぞり下へと手を動かしていく。 焦らすようにゆるりと撫でると、しっとりと筋肉がつく均整の取れた身体が、弾力をもっててのひらを押し返してくる。 そんなハイプリーストに、あばら骨が浮く細いだけの身体を晒していたのかと思うと、俺は今更ながら恥ずかしく思った。 「結構硬くなってるじゃん」「俺もまだまだ若いからなぁー」 「……感じたンだろ?」「うん、一生懸命なアンタに欲情した」 「……ッ」「ンなカワイイ顔されたら襲い返すよ?」 「見えないだろ」「でも気配で分かるしー」 (ぐおおおッ! なんでこんなオイシイ場面が見れないンだっ!) 恥じらいで上気する頬とか!欲に潤んだ目とか!俺に奉仕するその姿とか! 舐め回すように見たかったのに……。 慣れない手つきの愛撫やたどたどしい舌の感触がもう堪らなくて、余裕を見せる態度とは裏腹、俺はかなり切羽詰まっていた。 俺の欲を舌の先でなぞるローグが焦れったくて、その顎を強く掴み口を開けさせると、根本まで銜えさせた。 喉奥にあたり苦しいのだろう舌で押し返そうとする感触がたまらなく気持ちいい。 頭をがっちりと固定され動けないローグは、抗議するように歯を立てた。 「……くっ!」 その刺激に俺はこらえきれずローグの口内に精を放った。 その勢いに喉奥を強く押され、苦しそうに酷く咳き込むローグに手を伸ばし抱きしめる。 涙の滲む目元や歪む眉間についばむような口づけを繰り返し、呼吸が落ち着くのを待ってからその唇に重ね合わせ舌を絡ませる。 久々だから結構キツイかもーと本人の予告通り、三本に増やされた指をハイプリーストはつらそうに受け入れていた。 余裕たっぷりの憎まれ口は今や乱れる喘ぎ声に変わり、押さえつける俺の手の下で、ハイプリーストの手は脱がされた法衣をぎゅっときつく握りしめている。 「……も……ッう無理……」 入れてとハイプリーストが乱れる呼吸で囁き、俺はその腰を抱えると己の欲をあてがい熱く脈打つ中に収める。 苦痛に息を詰めるハイプリーストがあまりにつらそうに思え、負担を少しでも減らそうと少しずつ奥へと押し進める。 ハイプリーストの腕が俺の首に回され背中に爪を立てた。 「……もっと……奥まで、いれろ……よ」 全然足りねーと憎まれ口に、そのセリフ後悔すンなよと腰を一気に突き上げた。 無意識に逃げようとする腰を捕まえ、抉るように動かすと内壁がねっとりとからみつき奥へ奥へと誘い込む。 「……お前の中、すっげーキモチイイ」 片方の手は俺の背中に痛いほど爪を立て、片方の手の甲を噛みしめ喘ぎ声を押し殺すハイプリーストの耳元に意地悪く囁いてやると、 「ん……っふ……、まぁ……な」 相変わらずのハイプリーストの小憎らしさに、俺は思わず笑った。 目が覚めると、ローグはいなくなっていた。 何も変わらないいつもと同じ部屋なのに、ローグがここに住んでいたことを示すものは、何一つなかった。 短くなったロウソクと、散らばる紙と鉛筆が二本。そして甘いしびれを残す身体を除いては。 水をうったような静けさの中、俺はいつもと変わらず毛布を適当に畳み、顔を洗い服を着替え、二人分の食事を作りテーブルに並べ、椅子に座った。 いただきますと手を合わせ黙々と口に運び咀嚼し飲み込み、使い終わった食器を洗い、そして再び椅子に座った。 同じ毎日を繰り返せば、明日が来ると信じていたかった。 「明日に繋がる扉」 2009.3.18 |