「何かあったのかい?」

 検査の始終眉間にくっきりと縦皺が刻まれたまま。
 こちらに意識が向かないのはいつものことだけれど、ここにいない誰かのことを考えるのは僕に対して失礼じゃないかい。

 綺麗な眉顰めて一体何を煩わしがっている? 何を考えている?

 ……あの子のことで、頭いっぱい?

 綺麗で孤高の獣はこちらを僅かに一瞥しただけで何の返答も。これもいつものこと。
 綺麗で孤高の獣は誰とも馴れ合わない誰にもなつかない従わない媚びない。
 だから綺麗哀れなほど綺麗。人間の醜い浅はかな感情なんて君には似合わない。
 綺麗な英雄。綺麗な綺麗な殺人ニンギョウ。そう、それで良い。

 ……なのにあの子は。なんて忌々しい。

「……ザックスが、」

 少し名前を出してやるだけで直ぐさまこちらを振り返る。むかつく反応。態度あからさますぎて滑稽。

 何をそんなに慌てるの。何がそんなに気になるの。
「……あいつが、どうした」
「別に。…ただ検査に引っかかっただけ」
 語尾掠れて。長い睫毛ふせて眉を更に顰めて心配げな表情。今まで誰に対してもそんな表情したこと無かったのに。

「どこか、……悪いのか」
「さぁ、僕は知らないよ」
 むかつくからしらを切る。
 只薬物反応が出ただけ。あの子はヤク中だから頭イカレてんだよねあぁ可哀想ほんとカワイソウ。


 君もあの子も。


『幸福な王子様はね、何かが欲しいと言って泣くなんて、夢にも思わないよ』


開きっぱなしのドアに数回ノック。
振り返ると入り口に寄り掛かるように青年が立っている。ハカセは……?

「今席を外してるよ。直ぐに戻ると思うけど」

顔少し傾げて少し間をおいて。再検査で呼ばれてて……。
「あぁ、知ってるよ。入っておいで」
手招きすると青年は素直に従う。
とても痩せた躯。長い手足飄々とした足取り。
数歩残したところで立ち止まり手持ちぶたさ気に周囲に視線。

「服脱いで」
「俺どっか悪いの?」

どうでも良いような口ぶり。
どうせ僕が丁寧に説明したって聞いてないくせに質問なんかしないでよ。
適当に無視して釦外す細い指をただただ眺める。
上着脱いで露わになった痩身に無数の赤い痣。

スキだね君も。まだ一人で寝れないのかい。
浅黒い細い頸に手を伸ばしなぞる。片手で絞め殺せそうなほど細く細く艶めかしい。

「……ここ、カンジるの? こんなに痣残しちゃって」
頷く。
イッショニアソンデクレル?

心にもない言葉。苛々する、だから。

「そうだね。博士が戻るまで遊ぼうか」

カワイソウな君、慰めてあげる可愛がってあげるよ。
いっぱいいっぱい。


『幸福な王子様はね、何かが欲しいと言って泣くなんて、夢にも思わないよ』


何でも手にはいる。何でも得られる。
欲しいものなど何もない。望むものなど何もない。
守るものも守りたいものも愛するものも愛されるものも望むものも欲しいものも
なにひとつ。


それって、シアワセ………?



「月を欲しがる子ども」 2001.04.20
 
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