意識を取り戻した黒猫はその眦の切れ上がった大きな黒い瞳で男をひたすら見上げてくる。警戒心は一欠片も見当たらないあるのは男への溢れるほどの好奇心。 黒猫はザックスと自らを名乗った。 「ねぇ、アンタの名前教えて?」 「………」 「なにもったいぶってんのさ。 ……あ、じゃ俺が当ててみようか?」 「………」 「えーとね、アルバート?クリス?フィル?スティーブ?ロジャー?マイケル?チャールズ?コロンボ?ピエール? 意表をついてマタサブロウとか? ……違うの? それじゃ、……」 「…………ハル、だ」 放っておけば永遠に続いてそうな名前の羅列に男は自分から名前を明かした。別にもったいぶっていたわけでも隠していたわけでもなく、何となく黒猫のペースについていけなかっただけなのだが……。一体どこからそれだけの名前が次から次へと出てくるのか一層感嘆すら憶える。意外に平凡な名前だねと黒猫は感想を漏らす。五月蝿い放り出すぞ。 「アンタが拾ったんでしょ?セキニンもってちゃんと面倒みてよね」 悪びれた様子もなくニッコリと笑顔。黒猫はどうやらこの塒がいたく気に入ったらしい。全く面倒なものを拾ってしまったのかもしれない。 「ハルぅ、ハラ減ったァー。何かメシちょうだい?」 「………………待ってろ」 騒がしいひたすら落ち着きがない。何も言い返す気になれず男はキッチンへと向かう。その後ろを黒猫はついていく。 「アンタ、料理できんの?」 こざっぱりとした綺麗なキッチンに多種多様な調理器具が整理整頓されて収まっている。黒猫は興味津々に戸棚や食器棚を覗き込み扉を開いてはあれやこれやと触りそして……取り落とす。半ば予想していた事態に男は大きく溜息を吐いた。狭いキッチンの床にガラスの破片が飛び散る。 「あ、悪ィ」 黒猫はしゃがみ込んで破片に手を伸ばしかけ、男はそれを遮った。黒猫の首根っこ捕まえてキッチンから放り出す。 「何すんだよ」 「入ってくんな」 「なんで? ……あ、ダンセイチューボウ入るべからずってヤツ? アンタって案外古風だね」 「………………」 なんで、だって。ただでさえ貴重な皿をこれ以上毀されると困るからに決まっているだろう。これ以上面倒事を増やされたくないから、だ。言っておくがこの明らかに不器用そうな黒猫が怪我をしないようになどと思ったわけでは断じて無い。男は破片を手早く片づけ料理を再開する。慣れた手つき。黒猫は素直に男の言い付けを守り椅子をキッチンのドアまで運んで腰掛け、椅子の背に肘をついて男の様子をさも珍しそうに眺めている。 「ここ何処?」 「零番街スラムだ」 「零、番街?そんなのあったっけ?」 「あぁ。ミッドガルが建設される以前、ここに小さな集落があったんだ。その名残が零番街スラム」 「……?」 「その集落に住んでいたのは古代種の末裔達。 ……そして最後の古代種」 「古代種ってずっと昔に滅びたんだろ?」 「あぁ文明は滅びた、何千年も前に。厄災が起こったのだと云われている。生き残った古代種の中でやがて人間と交配し子をもうける者も出てきた。それが古代種の末裔。古代種の血はほとんど流れていないがな。 ……しかし彼女は、イファルナは純血の最後の古代種だった。長い間彼女は世界を彷徨い、やがてここに、『約束の地』に辿り着いた」 「『約束の地』?」 「古代種の末裔達はそう呼んでたんだ。ここは星に最も近いところだとライフストリームが集まるところだと彼らは言っていた。とても緑豊かな土地だった。 ……しかし神羅カンパニーが魔晄エネルギーに業務転換し、そしてこの土地が目を付けられた。末裔達は必死で抵抗した、敵うはずなどなかった。それでも戦って、 ……彼らの殆どが死んだ。そして捕まったものは酷い拷問の末、この零番街スラムに落とされたってわけだ」 「アンタも、古代種の末裔ってヤツ?」 「……違う」 「じゃなんでこんなとこに住んでんのさ?」 「知り合いが、………」 思わず言葉が漏れかけてあわてて其れを呑み込む。男は微かに自嘲した。 久々に脳裏をかすめる大切な友人の後ろ姿。 今まで誰にも話したことなどなかったし誰にも話したくなどなかったのに。どうもこの黒猫相手だと調子が狂う。自分でも驚くほどの饒舌になってるどうでも良いことを喋り過ぎている。 「……………何でも、ない」 「………待ってンの?」 小さく疲れた笑みを向け言葉を濁らせようとした男を黒猫は赦さず、男を追い詰めるかのように言葉を吐き出す。男は思わず躰を硬く強ばらせて、黒猫を振り返った。両の黒い瞳をスッと細め男を挑発するかのようにその薄い唇を笑みの形に小さく歪ませる。その様を男は半ば魅入られたように見つめ、そして突然その黒曜石の瞳を抉ってやりたい衝動に駆られる。 「……ずっと、待ってンだ。 ……………でもサ、きっと、」 黒猫が続きの言葉を紡ぐ前に、男は強引にその細い腰を引き寄せると忌々しい唇を己の其れで塞ぐ。男は黒猫の衣服を剥ぎ取ると床に力任せにねじ伏せ黒猫の奥の奥まで押し開いた。あまりの激痛に黒猫は四肢をひきつらせ震わせていたが男は構わず躯を進める。血が紅い鮮血が床にポタリポタリと滴り落ちる。黒い髪を絡み取り無意識に逃げようとする細い腰を引き寄せ、貪るように喰らいつくように激しい感情を叩きつけるように、男は黒猫を犯した。 苦しげに吐息を殺しながらそれでも黒猫は男の頸に腕を巻きつけ上体を起こし、男の方に己の躯を引き寄せる。無理な姿勢に傷口が深く裂け、鮮血がしなやかな細い腰に流れ艶めかしい緋の軌跡を描く。黒猫は甘い吐息と共に男の耳元に囁く。 ……ッ、……きっ、ッと、……ア会える、よ…。 ……も、モウ、すぐ…………。 絶頂を迎えた瞬間、 黒猫の涙に濡れる左目に、 男の指が喰い込んだ。 「細い腰」 2001.06.10 |