光が美しい光が乱反射し銀色の漣の如く揺れる。
 煌めく光誰もが振り返り目を奪われ魅了される銀色の光。

 光の傍、常に漆黒の闇。
 深く美しく優しい天鵞絨の闇。

 しかし今光の傍らに闇はなく、光は誰にも触れられず誰にも触れさせず。
 光は孤独だった。
 光は独りぼっちだった。




「来たか、セフィロス」

 頻りにデータを覗き込んでいた白衣の男が振り返る。セフィロスは一瞥もせず無言のまま男の前を通り過ぎると奥に設置されたソファにどっかりと腰を下ろす。明らかに不機嫌な様子。この男がこんなに感情を露わにするのも珍しい。
「やれやれご機嫌ナナメだね。……猫は、まだ帰ってこないのかい?」
 眼鏡のフレームを人差し指で押さえながら、ククク……と嗤う。

「……何の用だ?」
「知ってるかい? ペットを探す手段として、古来から電柱なるものに貼り紙を貼ると効果があるらしいぞ。試してみてはどうかね?」
「宝条! 用件があるならさっさと言え!」
「ククク……。実に興味深いな。お前がそんなに執着心を持つなんてな。 ……アノ猫は、そんなにイイのかね?」

 のらりくらりと話す宝条から視線を逸らし、セフィロスは苛々した表情で腰を上げると部屋から出ていこうとする。その背中に相も変わらず暢気な宝条の声が掛かる。

「お前の大切なペットの居場所。知りたくないかね?」
「…………」
 忌々しくもその言葉に躯が敏感に反応する。己の歩みが無意識に止まる。セフィロスは複雑な表情で宝条を振り返った。
「ククク……。まぁ、掛けなさい」
 セフィロスは渋々言葉に従う。

「……何処にいる?」
「ミッドガルには、神羅ビルを中心に8つのタウンがあり、プレート下には同じく8つのスラムがある」
「何を……、」

 セフィロスの憤りの声を無視して宝条は構わず話を続ける。科学者というものは得てしてそういうものでありこの場合宝条が情報を握っている限りヤツに主導権がある訳で……。 セフィロスはただ苦々しく溜息を吐くと長い足を組み直す。その様に満足したのか宝条は声もなくニヒルに嗤う。

「さて、神羅ビルの下には何があると思うかね?」
「……極秘格納庫」
「その下だよ」
「……廃棄物処理場」
「そう、ゴミ捨て場、だ。外部には漏らせない神羅の廃棄物がここに捨てられ処理される。ククク……研究所の芥も対象だがな。  ……ゴミ捨て場にはもう一つ、名前があるのを知っているかね?」
 セフィロスは眉を微かに顰める。

「零、番街スラム。 『始まりの土地』、だ」

「………。」
「ミッドガルが建設される前、かつてここは古代種の血を僅かに引き継ぐだけの人間と純血の古代種が住む『約束の地』だった。……『約束の地』、聞いたことがあるだろう? 古代種がつらく厳しい旅から解き放たれ星へと帰る至高の地、それが『約束の地』だと云われている。神羅は、いや人間は科学という我々ヒトが生み出した力を用いてこの『約束の地』に都市を築いた」



 『人間の世界』という名を持つ、空中都市、『ミッドガル』を……。



「『約束の地』、神聖な土地を我々人間は土足で踏み荒らし汚し、星の命ともいわれるライフストリームを魔晄エネルギーに変換し吸い上げ使い捨て続けた。長い時をかけて古代種と星が生み出したものを搾取し続け、何も返そうとしない。……何一つとして」
「……星は、我々人間のことを、どう思っていると思うかね?」
「お前の口からそんな愁傷な言葉が吐けるなんてな。 …………何故、何故そんなこと俺に訊く?」

 レンズの奥の瞳が宝条の目が、途方に暮れた迷い子のような酷く苦しそうな痛そうな泣きそうな傷ついた光を帯びる。一瞬ほんの瞬きの間の一瞬。セフィロスにはそう思えた。
「…………さぁな。何故なんだろうね……」
 宝条は猫背を更に丸めて微かに俯いた項垂れた。自嘲するかのようにククク……と嗤う宝条にセフィロスは眉を顰めその姿から視線を逸らした。

「……ヤツは、何処にいる?」
「やれやれせっかちだな。 ……いらなくなったペットはどうすると思うかね?」
「……それも、古来からの方法か」
「ククク……、箱に入れて『誰か可愛がってください』と書いて、捨てるのさ。例えば道端や川の中、コインロッカー、 ……ごみ箱の中」
「!! ダストシュートに落とされたのか!」
「お前の寵愛を一身に受けているペットを、快く思わない者も居るだろうよ」
 セフィロスは苛立たしげに拳をスタンドに叩きつける。ソファから立ち上がり宝条に視線を遣る。

「……下に降りる方法は」
「そこの輸送エレベータから行ける」
 雑然と積まれた埃混じりの本棚の合間に見える古びた昇降機を指し示す。セフィロスはその方向に足を進める。黒のロングコートがその歩みにあわせ優雅にたなびいた。

「そうそう、もう一つ」
「土産はお前に任せる。 ククク…… 生死は、問わないよ」
 セフィロスはあからさまに顔を顰め宝条に背を向ける。銀色の漣が昇降機の扉の奥に消えるのを見送ってから、宝条は独りククク……と嗤った。



「セフィロス。その目で全てを見てこい」



 人間の浅はかさを。傲慢さを。
 我々の、……私の、罪を。過ちを。


 決して違えることのない運命のために。



「銀色の漣」 2001.06.17
 
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