オレの愛しい愛しい恋人は、殺人鬼。夜な夜な街を彷徨っては獲物をもとめる。彼の狩りの方法は例えばこう。薄汚い地面に蹲って獲物がかかるのを待つ、ただそれだけ。獲物はあちらさんからご丁寧にも寄ってきてくれる。それはまるで灯に群がる蛾のようで。「家、来る?」 黒髪の間から魔晄色の瞳が薄く閃いて。「うん」 それが彼の合図。狩りの始まり。



 オレの愛しい愛しい恋人は、優しいやさしい殺人鬼。その手でその指でその舌でその唇でその声で、その内臓までも使って極上のテンゴクまでいざなってくれる。……偽物のテンゴク、だって? それがなに? 本物のテンゴクがキモチイイところだなんて誰が決めた? 誰が知ってる? 案外反吐のでそうな偽善者の集まりかもよその本物のテンゴクとやらは。 偽物でOK紛い物で結構。そうだろ? オレ達にはそれで十分。ドラッグでイけるテンゴクよりおてごろ。安酒で彷徨うテンゴクより十分上質。上等。これ以上何を望む? 十分だろ? オレ達にはそれで十分。…………ただな、これだけは覚えときな。肝に銘じときな。偽物のテンゴクには必ず果てがあるってこと、を。足を踏み外したらまっさかさま、ジ・エンド。 気をつけなよ。ソレさえおさえとけばテンゴクはまったくもって実にイイところ。

「……、愛し、てる………。ザッ……ク、ス。」

 あぁ言い忘れてたけど、殺人鬼の名前はタブー。言っちゃダメよ。アイシテルだなんてそんなのもうサイテー。マジになったら負けだからね。恋愛は御法度。スキだのアイだのオレ達には必要ないし。やっぱ殺人鬼に恋しちゃマズイっしょ? ……あれ? もしかして遅かった? あはは、ごめんね。



 オレの愛しい愛しい恋人は、綺麗な綺麗な殺人鬼。紅い真紅の液体の中で白濁に染まる痩身はとても綺麗。血に染まった指先で長い黒髪を掻きあげ、そのまま頬に滑らす。蒼白な膚に残るは緋の聖痕。蒼い蒼い魔晄色の瞳をうっすらと細めもはや動くことのない肉塊を一瞥して。その口唇にくちづけ。微かにぬくもりの残るそれはまだやわらかくて。もう一回俺の名前を呼んでよ、と殺人鬼は小さく呟いた。





 ミッドガルにきて5年。「なんでも屋」を始めて4年半。今のところ依頼は一件もない。今まで一件も。まぁ広告も看板も出してないんだからなくて当然といえば当然で。当事者であるオレ達ですらもうすっかり忘却の彼方。オレは毎日毎日ぶらぶらと相方ときたらヒトゴロシに夢中で。ホントろくな生活ぶりじゃないね。そんなオレ達にミッドガルはまさに最適。イイところ。毎晩誰が死のうと殺されようと誰もが無関心。スラムだったらなおさらのこと。ただ毎夜毎夜繰り返される残虐な殺人は流石に少しだけメディアを騒がせ、住人の眉間にしわを刻ませる。目撃者は声を揃え殺人鬼の瞳は魔晄色だと証言するもんだから、神羅はたまったもんじゃない。ソルジャーへの不信が高まりそれに煽りを受けてアバランチはいよいよ活動を活発化させ。その勢いにさすがの神羅サマも手を焼いているご様子で。
 はッ! ざまーみろ。



* * *


「……ザックス。こんなところで何をしてる?」
 低い心地よい声に思わず顔をあげるとすぐ目の前に見知らぬ一人の男。黒衣に流れる白銀の髪がとても綺麗で思わず目を奪われる。その顔を見たくて頸が痛くなるぐらい仰ぎ見るけれど、影になっているのかよく見えない。

「アンタ、誰?」

 なんで俺の名前知ってるの?って続けた途端、頭をはたかれる。相も変わらずココの壊れっぷりは見事だなってそう言うから笑顔でニッコリ。ありがとってお礼も付け加えておく。溜息一つ吐いて肩を竦める男がなんだかおかしくて。「ねぇアンタ、誰?」 名前を知りたくなる。名前だけじゃなくてもっと色々なことを知りたくなる。自分でも不思議に思うほど。
「…………」
 え? ごめん聞こえなかった。もう一回言って?
「…………」
 必死に耳を澄ますけれども聞こえない。
「ごめん。良く聞こえないや」
「もう、いい」

 男の声になぜか傷ついてるような悲しそうな響きが含まれてる気がして、余計に申し訳なくなる。ごめんごめんなさい。悲しくなって涙腺が滲むからあわてて下を向くと、頭の上に男の手が置かれ髪をくしゃくしゃに掻き回される。顔を顰めてなにすンだよって少しだけ不平の言葉。

「……ザックス。帰るぞ」
「どこに?」

 俺の帰る場所はひとつだけ。俺の、帰る場所は。

「……。私の家だ」
 心底呆れた口調の溜息混じりの言葉に躯が強張る。大きく眼を見開く。「アンタの家に、行くの?」 それは合図。それは狩りの始まり。男の不審気な視線を感じながら震える声で繰り返す。あんたノ家ニ、行クノ? それはダメ。絶対ダメ。男の肯定の言葉聞きたくなくて、両手できつくきつく耳を塞ぐ。

「……ザックス?」
 大きくかぶりをふって俯くけれど、強い有無を云わせない強い力によって引き立たされる。その腕から逃れたくて逃れたくてやみくもにもがくけれどもまったくの逆効果。肩を掴まれ壁におさえつけられ、後ろ手で髪を掴まれ頭を動かせない。すぐ眼前に男の顔。間近で見る男の蒼い蒼い瞳に射抜かれ涙があふれる。深い深いくちづけに。涙が頬を伝ってこぼれ落ちた。



 壁に爪をたて。切ない悲痛な声。殺人鬼はただひたすら男の鼓動に耳を澄ます。その音は何故か懐かしくて心が痛くて涙が止まらない。もっとキスしてキスしてもっと触れてもっと痕を残して忘れないように二度と忘れないようにもっともっと満たして空っぽの躯に満たしていっぱいにしてもっともっと奥まで。もっとそばにもっと俺のそばにきて。

 乱れた着衣にふるえる左の指先がさまよい、ポケットの中に入っていたもの探り当てる。殺人鬼はそれを取り出すと逆手に持ちかえた。左手の薬指が、心臓に最も近い薬指がその輪郭を撫でる。ナイフは、夥しい命を奪ってきたそのナイフはずっしりと重く。左の薬指から流れる血はその刃先を伝い。やがてその軌跡は殺人鬼の。ココロの臓へと。真っ直ぐにためらいもなく真っ直ぐに。

 ねぇ名前を呼んで。もっともっと名前を呼んで。……俺の、名前を。



* * *


 オレの愛しい愛しい恋人は、殺人鬼。
 ひとりぼっちの殺人鬼の帰る場所は、もちろんオレのところ。汚れたからだ綺麗に洗って黒いやわらかな髪を丁寧に洗ってバスタオルにすっぽりくるんで自分の方にもたれかからせてぎゅっと抱きしめるから。あんたの好きなスープもつくったし今日ちょっとした嬉しいニュースがあってほんのささいなことなんだけれど嬉しいニュースがあるからあんたに話したくて今すぐに話したくてだから聞いて欲しいから一緒に喜んで欲しいからだからだから。

 はやくかえってきて。
 オレの愛しい愛しい恋人。 さみしがりやの殺人鬼。



「殺人鬼」 2001.09.06
 
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