「ティファは、強いね」

 いつかエアリスはそう言って小さく笑った。彼女がいて、わたしがいて。ごくあたりまえの、どこまでも平凡な、そんな日常の断片。思い出すのはいとも容易く、忘れることはただ困難で。ふりかえると、いつだってそう。指がふるえて、涙がとまらない。
 エアリスだって充分強いじゃない、と。我ながら間抜けな言葉だったと思う。不思議そうな視線、ふわりとやわらいで。栗色の髪にあたたかな陽光が編み込まれ、思わず目が奪われる。綺麗な女、だと思った。クラウドが好きになったのも頷けるほど。


「ふふ、ティファってかわいい」 ……クラウドのこと、好き?
 エアリスは聡い女だった。こちらのことなど何でもお見通し。クラウドが彼女をどう思っているのか、わたしが彼女をどう思っているのか、気付いてて。まったくの承知で。なのにこんなこと訊ねて。返答に詰まる。……ほんと、ズルイ女。


「わたし、ティファのこと好きよ」
 細く白い腕がしなりと。ゆびさきがそっとわたしの。黒髪を梳いて。やわらかなくちびるの、感触。すぐ間近から覗き込む碧の瞳から視線を逸らすように、わたしは目を閉じる。


「……ええ。わたしも。あなたが好きだわ」
 くちづけの合間の。今思えば、エアリスへの最後の言葉は。皮肉にも、嘘だった。




 アカイ、アカイ花の。いのちは刹那で、輪郭は波紋を描き、かき消える。透明の花びらは。幾重にも幾重にも降りそそぎ、女を埋め尽くそうとしていた。クラウドの腕のなかで。
 女は、しあわせそうに微笑む。
 目の前で繰り広げられるその光景はあまりに滑稽。わたしはと云うと、笑いを堪えるのに必死で。お粗末な沈黙がより一層の拍車をかける。なんて無意味なこと。


「エアリスも、来れば良かったのに」 そうしたら、ふたりで笑えたのに。
 呟いて、小さく笑った。
 ひとり、笑った。




 錆びた月光が、水面に揺れる。
 あなたの亡骸はこんなにも美しい。



「記憶」 2002.04.20
 
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