ヒトをヒトたらしめるモノって、なんですか?

『ウータイエリアポイント37.49、大規模爆発確認!』
「被害の状況は」
『進撃中コードナンバー “0011-27Z”消息不明! コード “ZAX”以下五名消息絶ちました!! 』
「…………第二次警戒態勢。直ちに調査隊並びに救助隊を現地に派遣」
『了解! 』

人間を人間たらしめてるモノって、なんですか?

「アレが帰投したよ」
「…………そうか」

 招かざる来訪者には一瞥も。手元の書類に視線を落としたまま相槌を打つ。
「ソルジャーの持つ生命力のしぶとさには感服するよ。生きてるのが不思議なほどだ、ほぼ爆破中心部にいたというのに」
「…………」
 自爆だよ。どうもウータイの連中はこぞって命を粗末にしたがるからいかんな、と。心にもないことをよくもまあぬけぬけと。「アレの中途半端な情けがかえってあだになったのだよ。ヤツひとりの命を渋ったおかげで死傷者は30名をかるくこえるそうだ」 無関係の民間人にまで被害が及んだというからやれやれ迷惑な話だと思わないかね。宝条は肩を竦めて大仰に溜息を吐く。
「無駄話など、不愉快だ」 用件がないならさっさと出ていけと睨んでみるものの、おやつれないなと何処吹く風。

「おまえは、アレをどうしたい?」
「……どういう意味だ?」
「欠損部分が多すぎてな。自己修復能力に期待が持てないというわけだよ。修復には大幅なパーツとカネが必要となるのだが、上層部はそのカネを出し渋っている。ただでさえアレは問題ばかり起こしていたからな。いい厄介払いになる、と。つまり今のままだとアレはスクラップ行き決定だということだ」 まぁ、アレ自身もそうなることを願っているのかもな。

「……だから、どうだというのだ」
「一応おまえはアレの上司だ。おまえの意見も聞いておきたいと思っただけだよ」 特に何もないというのなら邪魔したね、と。執務室から出ていこうとする白衣の男に、咄嗟に声が縋った。

「…………アイツを、生かして、くれ」 頼む、と。
 たとえそれが、“アイシテイル”というわたしの身勝手なエゴにすぎなくとも。



何ヲモッテ“人間”ダト証明スルコトガデキマスカ?


* * *


「アンタ、ダレ?」

 目を覚ましたヤツの開口一番がソレで。蒼い魔晄色の瞳に不思議そうに見上げられ、逆さに映る己の姿は安堵と落胆に歪む。記憶が混濁しているのか、と顔を顰め。気分はどうだ、と言葉を濁らす。

「まあまあダヨ」
 ねぇアンタ誰だっけ?
「……セフィロスだ」 「セフィ、ロス? ……あぁ。あの“エーユウ”の、」
 ……どういう情報処理システムを組み入れたんだ、アイツは。
「おまえの“こいびと”の、だ」
「…………はい?」

 いつもと変わらないその様子に安堵感が湧くと同時、ちょっとした好奇心がむくむくと。悪戯心なぞ。案の定大きく目を見開き混乱しているその姿にほくそ笑む。
「えと。いちおー、念のために訊くけれど。まさかアンタ、オンナノヒト、じゃないよね?」 確かにアンタの顔めちゃめちゃキレイだけれども。まさか……。
「そんなわけないだろう」
「オレも男、だよね?」 「そうだろうな」
「で。オレ達、“コイビトドウシ”なの?」 「あぁ」

 むっつりスケベとはこの男みたいなことを云うのだろうか。内心とはうらはら、表面ではいたって冷静沈着な無表情。至極あっさりと頷いている。黒髪の青年は首を傾げうーんと唸っていたが、やがてパッと顔をあげると満面の笑み浮かべ男に右の手を差し出した。
「まぁ、いいや。よろしく」 “エーユウ”で”コイビト”のセフィロス、さん?
 差し出された手を握り返しながら、今度はこちらの方が腑に落ちぬ表情。あまりのあっけない展開に脱力感、拍子抜けするほど。なんてオメデタイ脳みそをしているのか。ここまで脳天気な性格もかんがえものだと溜息。 ……確かにセックスは何度かしたことはあるが、しかしながら“こいびと”などでは、なかった、はずだ。 …………おまえにとっては。



 顔の広いヤツのこと。ラウンジに顔を出すとなるとたちまち人が集まり。大音量のステレオの如く口々に名前を呼ばれ言葉をかけられ。大泣きされ抱きつかれ。頭こづかれはたかれどつかれ手荒な快気祝い。あまりのはちゃめちゃな状況についていけず、ヤツは目を白黒させ逃げ腰に。その手が不安げに黒衣の裾をつかむ。

「おい、生きてたのかよ!!」
「ザックス!! 元気そうでよかった!」
「ザックスさん! おれホント心配で心配で」

「ち、ちょっと。待って。……アンタら、誰なの?」

「オマエ、とうとう頭マジにイかれたの?」
「何いってんの? 記憶がこんがらがってるだけだよ。ね? ザックスさん」
「おまえに貸してるカネ返してもらうまでは、死ぬんじゃねーぞ」

「……あ、えと。…………サンキュ、な」
 照れくさそうにうれしそうに、青年は笑う。
 それはいつもと変わらない笑顔、いつもと変わらない光景。



「ありがと、ね」

 送り届けたヤツの部屋の前、「オヤスミ、セフィロス」 とやわらかなキスを。「また、明日」 と笑顔で。思わず呆然と立ちつくし、その姿が扉の向こうに消えるのをぼんやりと。

“また、明日。”

 わたしはこの時まで“明日”とは必ずおとずれるものだと、そう信じて疑いもしなかった。


* * *


 一向に姿を見せないヤツを不安に思い、何かあったのではとマスターキーあせる手でリーダに通し部屋に足を踏み込む。寝台の上ぼんやりと窓の外を眺めているその姿にホッと安堵の吐息。肩の力が抜けると同時にかすかな苛立ちが。「何をしてる? 招集時刻はとうに、」 「アンタ、ダレ?」 不思議そうな面持ちできょとんと見上げられ、思わず耳を疑う。「ザックス、戯言も、いい加減に、……」 何のことだかさっぱりわからないと言いたげに不審そうな眼差し。その手を引きラボへと駆け込む。無数のチューブ、コードその先に多種多様な機械。ディスプレイに打ち出される数字はすべて正常値。ボディにもアタマにも何の異常も見当たらんよ、と宝条も首を傾げる。すべて正常に作動しているというのになのに記憶だけがすっぽりと消え去っている。昨日のことがきれいさっぱり。まるでリセットされたかのように。

「不思議だな。……まぁ、記憶を外部化すればなんとかなるだろう」
「!? そのようなこと! ……もはや、」 それは“人間”とはいえないではないか?!
「ほう、面白いことを。 ならばおまえは、何をもって“人間”とするのかね?」
「…………。」
 ボディは偽物に肌は人工皮膚に、その脳にすら手が加えられ。はたしてそれは“人間”と呼べるシロモノなのだろうか。不思議そうに辺りを窺うヤツに途方に暮れ。昨日と同じ会話繰り返すことしか、わたしに出来ることなど。



「アンタ、ダレ?」

 毎日くりかえし繰り返される質問。眠るとデリィトされる記憶。黒髪の青年も自分の置かれている状況には気付いている様子で、毎日ことこまかに日記を書きはじめ、壁一面に多数の顔写真と名前が貼られた。毎朝起きると青年はそれらを頭にたたき込み、日記を読み返す。その努力のたまものか、誰も青年の異常には気付かず、いつもとなんら変わりのないバカ騒ぎ。多少の記憶の食い違いや物忘れなどいつものこと。気に留める者など、誰ひとり。

 しかしながら黒髪の青年は少しずつ人に逢うことを避けるようになり、その表情から笑顔が消え、そして部屋にひきこもるようになった。極端に眠ることを避け。目の下に深く刻まれたくま、目は赤く充血し、その姿は見ているこちらの方がよっぽど痛々しく思うほど。



 朝起きた時に見せるわたしの落胆した顔がおまえをこんなにも追い詰めていただなんて。
 いやそもそもわたしがおまえの魂を無理矢理ひきとめてしまったのではないか。
 ……わたしはなんて、ことを。
「すまない。すまない、ザックス。……それでもわたしは、おまえを愛しているんだ」
「“アイシテ、イル”? わからないよ。オレはアンタに何て答えればイイ?」
「…………。」

 嘘でもいいから、“アイシテイル”、と。 云ってくれ、ザックス。


「ねぇ、セフィロス。オネガイ」
 ヤツはことあるごとにセックスをねだるようになった。少しでも気を紛らしたいのか。無茶な体勢、拷問まがいのことすらもとめ。消えゆく記憶のかわりに、せめても傷みを痕を己の躯にのこしたいとでもいうように。

「セフィロス、アイシテイル」

 眠りたくないよ。ねぇ眠りたくないンだ。必死にしがみついて、頑なに寝台に寝ることを拒否して。
「寝たら、アンタのこと。また忘れるんだ」
「忘れたとしても、また憶えなおせばいい」
「違う! そんなんじゃないよ!! 」
「何をそんなにこわがる? 目が覚めたら、必ずわたしがいるから」

 だから、おまえは何も心配しなくて良いから。わたしがずっと傍にいるから。だから安心して眠れと何度も何度も。忘れたくないよアンタのこと。今のアンタのこと、忘れたくないんだ。 ……大丈夫。大丈夫だよ、ザックス。わたしがいるから。そっとそっとやさしくその痩身を抱きしめ、キスをキモチイイキスをヤサシイキスを。目を頻りにこすり必死に睡魔を追い払おうとする、いとしいこいびとに。キスをキモチイイキスをヤサシイキスを。

 やがてヤツはかすれる声、途切れがちにわたしの名を呼んで、ゆっくりと躯をもたれかからせ、そして……。 目を、閉じた。


 オヤスミ、ザックス。 ……また、明日。



アナタハ何ヲモッテ、アナタ自身ヲ “人間”ダト証明シマスカ?



「アンタ、ダレ?」

 ……わたしがおまえのそばにいるから。ザックス、おまえのそばにずっと。



「君二幸アレ」 2002.01.15
 
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